「いっちゃん……ごめんなさい……。私のせいで……」

「違う、美乃。そうじゃない」


涙で瞳や頬を濡らす美乃を、微笑みながら見つめる。


「俺が一秒でもたくさん美乃の傍にいたんだ」


しばらく黙っていた彼女は、瞳に涙を溢れさせたまま小首を傾げた。


「じゃあ、ありがとう……?」

「その方が嬉しいよ」


俺はにっこりと笑って、美乃の頭を優しく撫でた。


「そろそろ面会時間が終わるから帰るよ。明日も朝から来るから、またゆっくり話そう」


彼女はゆっくりと頷くと、俺の目を見て笑った。
さっきよりも落ち着いたのか、その面持ちは穏やかで、少しだけホッとする。


「俺らも帰るよ」


信二が言うと、広瀬も美乃を見ながら頷いた。
なんとなく気まずい空気のまま美乃をベッドに寝かせ、俺たちは三人で病院を出た。


「寒いな」


なにも言わないふたりの代わりに、俺が沈黙を破った。
外は思っていた以上に寒く、まるで真冬みたいだ。


「とりあえず、どっかで飯でも食おうぜ」

「そうね」


俺の言葉を聞いていない振りをした広瀬が信二が、勝手に話を進めてしまう。
ふたりの目が、拒否権はないと言っているのが、冷たい空気と一緒に伝わってきた。


「そこの居酒屋でいいよな?」


覚悟を決めた俺は、行き先を決めて歩き出したけれど、後ろから黙って付いて来るふたりに不安を覚える。
間違いなく反対され、『仕事を辞めるな』と言われるんだろう。


だいたい、仕事を辞めてこれからどうするんだよ……。


俺はまだ、少しでも長く美乃の傍にいることしか考えていなかった。
一般的には、ありえないくらいに浅はかで愚かな考えだと思う。


ただ、それもわかった上で、行動しているつもりだ。
誰になにを言われても引かないというのが、俺の意志だった。