じゃあと呟き、薫子は上方に視線を走らせた。「もう――」

「半世紀は平気でやってる感じか」藤原君は薫子の言葉を遮った。

「そうね。おばあちゃん達が二十代の頃だったはずだから……」

「七十年近く?」僕は言った。

「そうだね」

「ああ、トシおばあちゃま達ってもう九十代なんですもんね」薫子はしみじみと言った。

「ねえ、こう考えると長生きよねえ」

「雅美さんの家族なんだからよほどいい人なんだろうね」と言う藤原君へ、薫子は「ものすんごくいい方だよ」と返した。

「すんごいかわいいの。ちっちゃくて穏やかで」

「へえ。いいなあ、いい人」藤原君はぽつりと言うと、半袖のパーカーの衣曩から携帯電話を取り出して確認した。

「おれ、そろそろ帰るわ」

「そう、気をつけてね」

「羊羹いくらだっけ」

「二百五十円」義雄が言った。

じゃあ、と藤原君は辺りを見回した。じゃあと僕が手を出すと、彼は三枚の百円玉を載せた。「お釣りは要らない。もう七時過ぎてるし、閉店後までいさせてくれたお礼」

またねと席を立つ彼を追うように、僕も席を立った。わたしも行きますと薫子も厨房から出てきた。雅美と義雄もついてくる。

「じゃあ、また」

「うん。またきて」

「わたしも待ってます」

「またね」と雅美が手を振ると、藤原君も控えめに手を振り返した。

藤原君の背が敷地を出るまで見送り、僕は看板の向きを変えた。