雅美はゆっくりとかぶりを振った。「わたしにはなにもわからない……」

「おれもなあ……」義雄は残念そうに言った。

「そうですか……」藤原君はこちらを向き直った。「おれはどうすべきかな。姉と父さんを守りたいんだ」

「いっそのこと、お姉さんとお父さん、藤原君の三人で逃げるというのも僕は考えちゃうけどなあ……」

「おれはただ、家が平和であってほしいだけなんだ。母にいてほしくないわけじゃない。ただ、両親がいて姉がいて、皆が穏やかにいられればそれでいいんだ。……こういうことを考えると思うよ。おれが死ねばいいのかなって。こういうことも考えずに済むし」

「それはお父さんが悲しむじゃない」

「父さんと姉の幸せってなんだろう」

「藤原君の幸せはなんなの? 話を聞いた感じ、お父さんやお姉さんは藤原君の幸せを優先するように思えるんだけど」

「おれの幸せ……母さんが普通になってくれれば。できることなら、母さんに愛されたい」

「ちょっとわかります」薫子が言った。「わたしも、母の求める子にはなれてないんです。だからちょっとわかる気がします、ふじわらさんの気持ち」

「うえしまさんも大変なんだね。親の求めるおれらってどんななんだろうね」

「わからないです。どうしたら許してもらえるのか、どうしたら愛してもらえるのか……」

「うえしまさんはお母さんになにしたの?」

薫子はかぶりを振った。「わかりません。勝手に想像してるのは、わたしが弱すぎたのかなということです」

「弱い?」

「わたし、辛いことからすぐ逃げちゃうんです」だめだめでしょう、と薫子は自嘲した。

「そんなんでおれには母さんと向き合い続けろと言ったのか?」

薫子は苦笑した。「ある種のないものねだりのようなものなのでしょうかね」