おれのことを話してから、母は変わった。わたしを恨めと言った。おれは母を恨むつもりはなかった。優しく優秀な姉と、血縁関係のない息子を愛する父親を持っておれは幸せだったのだ。加えて、尊敬する人が心から愛している人間を恨みたくはなかった。

母も当時のことは悔いているのだろう。おれを愛せないことから自己嫌悪に陥っているのかもしれない。

母がわたしを恨めと言う度に、おれは恨まないと返した。その度に母はなにかが爆発したように叫んだ。

おれが素直に母を恨めば、彼女がここまで壊れることはなかったのかもしれない。ここ何年か、母はおれの言動全てが気に入らないらしい。目が合う、声を掛ける、母の視界に入る――どれか一つでも起これば身に危険が及ぶようになった。

最近はわたしに近づくなと言われていたためにそのようなことはなかったが、宿題を片付けることに集中していた姉が友人の家へ遊びに出ていた今日、母はなにやら刃物を持ち出した。

なぜわたしを恨まない、あんたがいなければなどと叫んで向かってきた。今のおれは、能天気を自称する友人が死んだような顔をしていると言うほどに生きていない。母が向かってくる間も、自分が死ぬことへの恐怖はさほど大きくなかった。むしろ、これを受け入れた先は現状からの解放かもしれないと期待に似たものも抱いた。しかしおれは、襲いくる母に抗った。咄嗟の反応だった。

父が愛している人間を犯罪者にしたくなかった。同時に、会えてよかったと思ってくれている父がいる間には死にたくないと思えた。