カウンターの席に着くと、藤原君は「殺されるかと思った」と呟いた。

息を弾ませた薫子が「えっ」と声を漏らす。

僕は藤原君のとなりの席に座った。薫子も僕の隣に座る。

「あのう……なにがあったんですか?」薫子が躊躇いがちに言った。

表情のない目で見つめる藤原君に、薫子は苦笑した。「わたし、今日から働かせて頂いている植島薫子と申します」

そう、と藤原君は短く返した。

「おれは、母さんに殺されるかもしれない」

空気が緊張を含んだ。

「お母様……?」薫子の呟きに、藤原君は小さく頷いた。

「最近、特に母さんの様子がおかしい。ここ数年なかったんだけど、さっきまた刃物を持ち出した」

「……あのう……差し支えなければ、お母様――というか、ふじわらさんのこと、詳しくお聞かせ願えますか?」

藤原君は微かに表情をやわらげた。薫子の言葉にどきりとした。僕には言えないものだった。必要以上に踏み入るべきでないと考えるあまり、僕は藤原君の隣に着くことすらできないでいた。