「おはよう」と言う雅美に薫子と共に同じように続くと、義雄は台所から嬉しそうに薫子の名を呼んだ。

「きたかあ、薫」

「はい。よろしくお願いします」

「こちらこそだよ。店内の掃除、お願いしていいかな」

名前を呼ばれ、僕は義雄へ頷き返した。


僕は小箒とちりとり、雑巾、毛ばたきを取り出して掃除用具を入れているロッカーの扉を閉めた。

「なんか、すんごい良さげな箒とちりとりですね」と薫子は笑った。「ちりとりなんかそれもう、お菓子載って机にあっても疑いませんよ」

「そう? ちりとりはまあ……」普通ではないよねと僕は苦笑した。黒地に芥子色で麻の葉模様が為された、竹箕のような形のちりとりは他所では見たことがない。

「なんか、ここって平気で高級品置いてそうですよね」

「ああ――」僕は続きを飲み込んだ。「行こうか。座卓の掃除」

「座卓。はい」


「畳の掃除ってしたことある?」僕は座卓に上がりながら問うた。

「なくはないですけど、なにも考えずにやってたので正しい方法は……」

「そうか。畳の掃除は、箒で掃いて雑巾で乾拭きするだけ。箒も雑巾も目に沿ってね」

「滑らかに動く方ですよね」

「そう。じゃないと畳がケサランパサランみたいになる」

「ケサランパサラン?」

「知らない? たんぽぽの綿毛みたいな、生き物みたいなの」

「そんな生き物いるんですか。見てみたいですね」

「幸せだかなんだかの象徴らしいよ。おしろいを食べて育つとかで」

「へえ」

口より手を動かしてくれい、という義雄の声に失礼と返し、掃除の説明を再開した。

「私語厳禁だぞ」

「どこが。開店前と閉店後は私語の塊じゃない」僕が返すと、義雄は小さく苦笑した。

「ていうかあれ、ケセランパサランじゃなくてケサランパサランだったのか」

義雄の呟きに薫子が笑った。

「ケセランパサランとも呼ばれたみたいだよ。ケのあとに点が入って」雅美の返事に、義雄は「そうなんだ」と返した。