「いやあ、夏だね」僕は言いながら自室へ入った。

「なにかありました?」

「洗面台の鏡にカナブンがいた」

うわあ、と薫子は嬉しそうに笑った。「カナブンって幸運の象徴なんですよね」

「それはコガネムシかな」

薫子は「あれっ」と頭を掻いた。「まあ似てなくもないよね」と僕は笑い返す。


「さあ若者共よ」

後ろから雅美の声が言った。

「おはようございます」と会釈する薫子へ彼女は「おはよう」と穏やかに返す。

「二人とも、朝食なに食べる?」

「義雄は?」僕は言った。

「もうお店の方行ってる」

「いつもこんな早いんですか?」薫子は不安げに言った。「昨日休んだからですかね?」

「違う違う」と雅美が穏やかに返す。「で、なに食べる?」

「どうしようか。薫子はなにか食べたいものある?」

「そうですねえ……魚が食べたいですかね」

「魚か。あじの塩焼き程度でよければ」雅美は言った。

「なんて素敵な朝食」

嬉しそうに言う薫子へ、雅美は「薫ちゃんは決定ね」と同じように言う。

じゃあ僕もそれでと雅美を振り返ると、彼女は「了解」と頷いた。台所へ向かいながら「わたしもそれでいいか」と呟く。