目を開けると、「おはようございます」と言う薫子の笑顔が見えた。「ふっかふかでめっちゃ眠れました」と笑顔が幸せそうなものに変わる。

右目に触れた指先の感覚に安心すると、「痛いんですか?」と薫子は不安げに眉を寄せた。

「いや、痛くはないよ。ただ、人に見せるようなものではないから」

「そうですか。なんか、すみません」

「なんで」と笑い返し、顔を洗ってくると伝えて部屋を出た。

水栓をひねって顔を上げると、左側のトイレから雅美が出てきた。「おはよう」と交わし合い、鏡へ視線を戻す。「あっ」と声が出た。小さなカナブンが視線の先を這っていた。

「どうした?」と言う雅美へ「カナブン」と返す。

僕はカナブンをそっと掴んだ。「ほら」と手を出すと、雅美は「その子飛ぶから」と手を払った。

僕は雅美を笑い、両手でカナブンを包んでトイレに入った。小窓を開けてカナブンを放つ。空に浮かぶ小さな体へ「達者でな」と投げ、小窓を閉めた。