「こんなことより、こうのはなのこと教えて下さい」薫子は明るく言った。「恭太君と同じことをやってくれと言われたんですが」

「ああ、うん。難しいことはないよ。席が、カウンターと座敷それぞれ十ずつあるんだけど、僕達が注文を受けに行くのは座敷の方。そこでの決まりっぽいのは、正座で対応することくらい。料理を持って行ったら、注文の品が揃ったか確認して、揃っているとのことなら必要なものあれば言ってくれるよう伝えて去る。これだけかな。あとは、席に着いたときとそこを離れるときに失礼致しますと言ってくれれば」

「ほう……。あまり決まりってないんですね」

「そうだね。他の飲食店はもっと厳しいのかもしれないけど、こうのはなはこの程度。それ以上にこうのはなが拘るのは、店があたたかな場であること」

室温じゃなくてねと僕は挟んだ。

「入ってほっとするような店であるようにということには、皆拘ってる。まあ僕みたいな見た目の男がいて『ほっ』もなにもないように思うけど」

「確かに恭太君のそばはどきどきしますよね」

「なんか悪そうだよね」僕は苦笑した。「髪黒くすれば少し変わるかな」

「いや、そうじゃなくて。それにその白さで平凡な髪色にしたら体調悪そうに見えますよ」

「すると今度は、どきどきというより……」

「はらはらですかね。ていうかわたしの言うどきどきと恭太君の受け取ったどきどきが違うんですけど。わたしは恭太君みたいな綺麗な人に接客されたらどきどきしちゃいますよねって言ったんです」

顔が熱くなるのを感じた。「よっしゃ、明日は早いぞー」僕はおやすみと伸ばし、照明を常夜燈に変えて横になった。

「なんですか、言われ慣れてないんですか」

「さあ、寝るぞ寝るぞ」

「ねえ、言われないんですか? それだけいい顔してて?」

「すまないね、僕は耳が悪いんだ。僕に聞こえるほどの声を出せば近所迷惑になる」

「そう答えてる時点で聞こえてますよね」

何度か「ねえ」や「ちょっと」と繰り返した後、薫子は「もういいですよ」と拗ねたように言ってベッドの上で動いた。ばさりとタオルケットを掛けるような音が続く。