薫子はベッドに座り、「ふかふかだあ」と嬉しそうに笑った。「もう、幸せです。優しい人に声掛けていただいて、こんなベッドまで。家にもなかったのに。もうずっといたくなっちゃいますね」

「いればいいじゃない」

「だめです」薫子は静かに俯いた。

「いつまでも満ち足りた状況に甘えるわけにはいきません」

「それなら僕はどうなる」僕は苦笑した。

「恭太君はいいんです。雅美さんに義雄さん、トシおばあちゃまに茂おじいちゃま――皆さんと家族なんですから。だけどわたしは……」

「同じ家にいる人は皆家族――四人はそう言ってた」

「だけど、わたしはそれに甘えることはできません。わたしは、大人にならなくてはならないんで」

「大人、か……。言うまでもなく、成人とは違うんだろうね」

わたしもわかりません、と薫子は苦笑した。

「大人ってなんでしょう」

「どうしてそんなに大人に拘るの?」

「だって、ならないと……成長しないと」

「いい年ぶっこいていながら、自分が最後に掃除機を使ったことを忘れてる人もいる。そんな人に比べれば、薫子はすでに充分な大人だと思うよ」

薫子はかぶりを振った。「わたしは子供なんです。成長しないんです。だから、お母さんもお父さんも……」

少し黙ったあと、薫子は「要らんこと話しすぎましたね」と苦笑し、目元を拭った。