「それより、薫子は布団も枕もなく寝るの?」

「ええ。必要ありませんから」

「体痛いよ」

「大丈夫です。わたしのことは気にしないで下さい。お店に新たに導入された機械だとでも思って下さい」

「『素敵なご家族』が少女をそんなふうに扱うと思う?」

まあ、と薫子は苦笑した。

「まあ、今夜ばかりは要らないと言ってくれる薫子に甘えるしかないね。明日、買い物に行こう」

「買い物?」本当に行くんですか、と薫子は不安げな表情を見せた。

「色々と必要なものがあるでしょう」

「だから、ありませんってば」

「それでは僕らが嫌なんだ。ここにいる間は、存分に甘えてくれ」

薫子は唇を噛み、俯いて鼻をすすった。僕は薫子の前に座り、自分とは少し違う茶色がかった髪の毛を撫でた。茶色のような髪色は、長時間浴びた強い日差しのせいだろう。

「大丈夫?」

薫子は握った手を口に当てて何度か頷いた。

「どうした、こいつの寝返りは寝返りの範疇を超えていやしねえかと不安になった?」

違う、と返ってきた声は微かに笑いが混じっていた。

「どうした、疲れたか」

「なんでそんなに優しいんですか」

「別に優しくないよ。消しゴム忘れた同級生にちょっと切ってあげるでしょう?」

「普通はそんなことしませんよ」薫子は笑って鼻をすすった。目元や頬を拭う。

「薫子はしなくても僕にとっては普通のことだ。相手に対してできることがあるならする――それだけだよ」