目を覚ますと、おはようございますと薫子の声がした。おはようと返して上体を起こす。薫子はベッドの上で体育座りしていた。名前を呼ばれ、どうしたと返す。

「ぎゅってしていいですか?」

どうしたと改めて返すのに数秒を要した。

「甘えていいですか?」

複雑な気分になった。生まれてこの方甘えたことがないかのように思えた。僕は軽く両手を広げて「どんとこい」と返した。薫子は穏やかな笑みを浮かべてベッドから下りてきた。幼子のように抱きついては首に腕をまわしてくる。

「……こんなんでいいんですか?」薫子はぽつりと言った。「いいんだよ」と僕は返す。

「いたいようにいればいい。気持ちには素直にね」

じゃあ、と聞こえた。「今日も恭太君のご飯が食べたいです」

「ご飯?」

「恭太君のご飯が食べたい気持ちに素直になった結果です」

そうかと僕は苦笑した。「いいよ。なに食べたい?」

「恭太君のお味噌汁があればなんでもいいです」

「味噌汁か……。具はなににしようね」

「あるもので構いません」

「そう。じゃあさくっと作ってくるね」

はいと言って薫子は僕から離れて笑顔を見せた。藤原君がかわいいと思ってしまったと言っていたのを思い出し、胸中の隅で共感する。