当時、まも兄もこうのはなで働いていた。薫子のように、彼もここに居続けるつもりはなかったのだ。

仕事の休みと僕の幼稚園や学校の休みが重なる土日と祝日には、二人で色々な場所に出掛けた。

まも兄は僕が十一歳になった一か月後にここを離れた。当時彼は二十歳になったばかりだった。

「おれ、いいこと思いついたっす。夢ができたっす」家を出ると言い出す直前、まも兄は義雄や雅美にそう言った。

皆不安げな顔をした。「なにをするの?」と声を重ねた。

「秘密っす。いつか、まさとかよっしーさん、トッシー、しげさんに気づいてもらえたらいいなって思ってるっす」恥ずかしいんで今教えるのはここまでっすとまも兄は笑った。

「でもまもる、お金はあるの? 貯めてないでしょう」雅美は言った。

「貯めてないっすよ。要らないっすもん」

「独り立ちなんて、そう簡単なことじゃないぞ」義雄も言った。

まも兄は「皆そう言うっすよね」と楽しそうに笑い、すっと真面目な表情を見せた。「でもおれはそうは思わないっす。世の中金だって言うっすけど、おれその言葉嫌いなんす」

「好きとか嫌いで済む問題じゃないぞ。実際、今の世の中はそういった傾向が強い」

「でもおれはそうは思わないんす。馬鹿だとでも阿呆だとでも言って下さい。でもおれ、金が必要なのは世の中に人情という概念がない場合だと思ってるんす。確かに、おれを含め日本人って厄介事を避けようとするところがあるっすね。でもそれを避けなければ、金がなくても生きていけると思うんす。まさやよっしーさん達がこうしてくれたみたいに。まあ勿論、皆が皆、金のない、しかもおれみたいな奴に手を貸してくれるとは思ってはいないすけど」

「それで、その手を貸してくれる人の元に居候するっていうのか? それならわざわざここを出ずとも――」

違うんす、とまも兄は義雄の言葉を遮った。