家の敷地から少し走ったところで、和服に包まれた小さな背を見つけた。名を呼ぶと、その背はゆっくりとこちらを向いた。僕は数メートル先の彼女へ駆け寄った。

「おやおや」とトシさんは穏やかな笑みを浮かべる。「どうしたの、外套も着ずに」

「財布が留守番してたんで」

僕はおやおやと眉を上げるトシさんの華奢な手へ財布を載せた。

「困ったね、この歳にもなると物忘れがね」ふふふとトシさんは楽しそうに笑った。

「大丈夫です、行き先さえわかってれば僕が届けますので」

「頼もしいね」トシさんはゆったりと言った。羽織を脱ぎ、両手で持って僕を見る。

「持ちましょうか」と手を差し出すと、彼女は「着なさい」と優しく言った。「色の白いは七難隠すと言うでしょう」

僕は男なのでと言おうとしたが、続けられた愛らしい笑みに根負けし、礼を言ってトシさんの持つ羽織を受け取った。

随分と小ぶりなそれに不安を抱きながら腕を通す。袖と丈の短さに苦笑してトシさんを見ると、彼女も困ったように笑った。

「恭ちゃんは身長が高いからね」

「パーカーみたいな外套だったら試着もしませんでした」

「私も貸そうと思えなかったね、きっと。さて、お財布ありがとうね。早くお帰り」

「いえ、一緒に行きますよ。今度は財布を落とすかもしれません」

「おやおや」それはそれは、とトシさんは笑った。