トシさんは雅美へごめんねと言って彼女の後ろを通り、自分の場所に座った。

「トシさん、今日はいつから作ってたんですか?」僕が言った。

「ほんの何時間かだよ。だけど去年の間から作っていたから、しばらくは持ちそうな数ができているわ」

「そうですか」

「トシおばあちゃますごいです」

滅相もない、とトシさんは顔の前でひらひらと手を動かした。「私はただ、できることをしているだけだよ」

「それがすごいんですよ」薫子は言った。「わたしなんて、自分にできることすらわかりませんもん」

当然よ、とトシさんは穏やかに笑みを浮かべた。「完成した人などいないのだから。人は何歳になっても成長するのだと私は思っているわ。自分になにができるのか、そういったことに迷ったり不安を感じたりするのも、人としての栄養の一つだよ」

「栄養……ですか」

そう、とトシさんは大きくゆっくりと頷いた。「人は経験で成長する。それなら、経験は人としての栄養と言い換えることができないかな。その栄養をわかりやすくしたものが、様々な場面に遭遇して得た感情かな。歓喜も憂いも、栄養なの。それをどのように消化するかによって、成長したあとの形が変わってくる」

「憂いも栄養……。ならわたしは、それを消化する力が弱いのですね」薫子はぽつりと言った。そんなの悪いことではないよとトシさんは言う。「憂いは、誰もが苦手とする養分だから」私だってそう、とトシさんは静かに微笑んだ。