よかったらおいでと言って下へ向かう茂さんに、薫子はご一緒させて下さいと大きく頷いた。お味噌が終わったら行きますと続ける。

僕は洗った容器を、アルコールを含ませた布巾で拭いた。普段は熱湯消毒もするのだが、しなくても問題はないとトシさんが言っていた。初めて味噌作りに触れたのは十年程前だった。トシさんが作っていたところに首を突っ込んで作り方を教わった。

「これで、容器に味噌を戻すの。最初に出したのだから……」この辺のから、と僕は味噌の塊を容器に入れた。

「これ、一人だと結構大変な作業ですね」薫子は味噌を容器へ戻しながら言った。

「そうかもしれないね。でも何回か作っていくと楽しくなってくるんだ。子育てみたいな」

「なんかもう、感性が違いますね」お味噌作りが子育てか、と薫子はしみじみと呟いた。「職人さんみたいなこと言いますね」

「本当に楽しくなってくるんだって。相手も生き物だし。それに、作る時期によって発酵の進みも違うんだよ」

薫子はくすくすと笑った。「恭太君にも、こんなに夢中になることってあるんですね」

「夢中になるもの……なさそう?」

「わたしの勝手なイメージですけど」

「そうなんだ……。これでも、店に出てる時間なんかもすごい楽しんでるんだよ。味噌作り以外の好きなことだってあるし」

そうなんですか、と薫子は驚いたような声を上げた。そんなにつまらなそうに生きてるかな、と僕は苦笑する。

「わたし、恭太君のことなにも知らないんです」

「お互い様だよ」

「わたしはわかりやすくないですか?」

「さっぱりだよ。不思議ちゃんってところかな」

「そうなんですか?」

「言ったでしょう? だから僕も、薫子のことが知りたいんだ」

僕は容器の中の味噌を押して空気を抜き、表面を均した。ふり塩をした上にラップをはりつけ、重石をのせたそれに新聞紙を被せ、それから新聞紙を紐で固定した。

「よし、これで天地返しは完了。ここからさらに半年ちょっと発酵させれば完成だよ」

おお、と薫子は小さく手を叩いた。