僕は自分の乾いた唇を舐めた。

「……僕には、藤原君に生きろだの思うままにしろだのと言う権利はない。だけど、僕は藤原君に死んでほしくはない。そうしてしまえば、確かに現状からは解放されると思う。だけど、幸せを感じられないままたった十数年で人生を強制的に終わらせてしまうのは……悲しすぎるから」

「幸せ……おれには……」

「あるよ、藤原君にだって。幸せと不幸は同じだけあると言うじゃない。僕にだって幸せは訪れたんだ、藤原君にはこのあと、大きな幸せが訪れるはずだ。人生、なんだかんだでバランスが取れてるんだよ」

僕はいつかに待ち受けてる不幸がおっかないよと笑うと、藤原君は羨ましいよと微かに口角を上げた。

「竹倉君は、家に帰りたくないだなんて思ったことないんだろうね」藤原君は言ったあと、静かに蕎麦をすすった。

「そうだなあ……テスト期間くらいかな。一回帰る度に本番が近づくからね」

「……平和だ」

「当時の僕にとっては地獄のようなものだったんだけどね。嫌だ嫌だと騒いでたくらいだから、あれくらいの地獄はまだ地獄じゃないのかも」

僕は苦笑し、一拍置いて一度深く呼吸をした。

「本当、この先に待つ不幸が恐ろしいよ。藤原君にはこの先、きっと幸せが待ってる。頑張れとは言わない。そんなことを言えるほど経験してないからね。所詮僕ごときの言葉だ、綺麗事だと思ってくれて構わない。だけど、また疲れたときのために邪魔にならない場所に置いておいてほしい。忘れた頃に幸は訪れる。そしてなにより、疲れたときにはここがある」

少しの沈黙のあと、藤原君は口を開いた。

「この先の幸せを疑えるだけ、こう言ってくれる人がいるだけ、幸せなのかな」

「幸せの定義は曖昧なものだよ」僕が返すと、彼はふっと笑った。