街中が赤と緑に染まりきった十二月下旬、藤原君が店に訪れた。最後かと思った女性客を見送った直後だった。彼の名を発した声が薫子と重なる。

「久しぶり」と藤原君は笑った。笑顔は穏やかなもので、彼本人も幾分か元気そうだった。

「いらっしゃい」義雄が言った。「好きなとこ座りな」

じゃあここ、と藤原君は薫子の寄り掛かる二つ隣の席に着いた。薫子はレジカウンターへ向かう。

「なんか、店変わったの? 看板、違ったけど」

「ああ。いつだったかな、結構前に変えたんだ。食事処改め、ほっこり処こうのはなだ」いいだろうと義雄が言うと、藤原君は曖昧に頷いた。

「でもなんか、おれは食事処がよかったです。誰提案ですか?」

薫だ、と義雄はレジカウンターにいる薫子へ目をやった。

「余計なことしたな、植島」

薫子は小さく声を発し、ゆっくりとこちらを向いた。「やっぱりあれ……だめでしたかね」

「おい待て坊や。薫をいじめると痛い目に遭うぞ」

「義雄さん、植島のなんなんです?」

「ファンだ」

「まじで警察沙汰は勘弁だからね」僕が言った。義雄は「本物のファンは相手に迷惑は掛けないんだよ」と自慢げに言った。

失礼致しますとぽつりと言い、薫子は「お品書きでございます」と品書きを藤原君の前に置いた。