大した話ではないでしょう、とトシさんは締めくくった。とんでもないですと薫子は両手を振る。

「素敵なお話じゃないですか。こうのはなを作ってくれた少年さんは今、元気ですかね?」

「どうだろうねえ。元気であってほしい限りだよ」茂さんが穏やかに返した。

「やっぱりもう、会うことはないんですか?」

トシさんは「ないねえ」と静かに頷いたあと、小さく笑った。「きっと、わたくし達など必要なくなったのね」今頃幸せに暮らしているはずだよと穏やかに続ける。

「そうであってほしいです」あっ、と薫子は声を発した。「ところで、そんな大切なこうのはなの冠、わたしなんかがあんなふうに変えてしまってよかったんですか?」

「いいのいいの」

「別に食事処の言葉に拘ったわけではないからね」茂さんが笑うと、トシさんもそうそうと頷いた。

「わたくしはもう、家族の皆が元気なら、それで幸せなのよ。こうのはななんてこんなに続くとは思っていなかったし、小さな部分が変わるくらいなんら問題ないわ」

「そうですか……」家族か、と薫子は呟いた。わたくしは薫子ちゃんも家族のように思っているよとトシさんは穏やかに返す。ありがとうございますと薫子は口角を上げた。

「じゃあ、お父さん」薫子は言いながら義雄を見た。僕は抹茶羊羹を噴き出しそうになって口を覆った。気持ちを落ち着け、深く呼吸してから手を離す。

「いやあ、薫みたいなかわいい娘がいたら幸せだなあ」

「義雄、警察にだけは世話にならないでよ」僕は言った。

「お父さん。羊羹おかわりありますか?」

「売れ残りがこんなに喜ばしいことに思える日がくるとは」

はははと楽しそうに笑いながら、義雄は居間を出た。

頼むから警察の世話にはなるなよと思いながらその背を見送る。