翌朝、ぼんやりと目を覚ますとベッドから子犬のようなくしゃみが聞こえた。視線を上げた先では、薫子が上体を起こしていた。

「大丈夫、風邪?」僕は言った。

「恭太君、大変です」薫子はぽつりと言った。僕は上体を起こして布団の上にあぐらをかいた。

「これは……。誰かがわたしの噂をしています」

おやおや、と僕は苦笑した。「ではその噂をする人の元へ行かなくては」

噂をすれば影がさすってね、と薫子は笑った。「そう。倍になる前に行かないと」と同じように返すと、薫子は「おお」と笑った。「ああでも、行かなくても大丈夫かもしれないですね」

「おっ。と言うと?」

「人の噂も七十五日と言いますし」

おお、と僕は笑った。「ああそうだ。でも一度行こうと思ったなら行っておいた方がいいよ。思い立ったが吉日って」

「そんなにせかせかしなくても大丈夫ですよ。急がば回れとも言いますし」

「いや、善は急げとも言うよ」

薫子はふふふと笑った。「よくもまあくしゃみからこんなにもことわざが」

「確かに」

「あとそうだ。わたしほどの馬鹿は風邪を引いても気づきませんよ」

すんごい迷惑、と笑うと、実際にそういう人いますよねと同じように返ってきた。