「明日から薫ちゃんの考えてくれたメニューが出るね」雅美はお椀に蕎麦を入れながら言った。

「そうですね。このあと、メニューの名前を頭に叩き込んでおきます」薫子は言いながら、水の入ったグラスを座卓へ戻した。

「本当に? じゃあわたしもやらなきゃ」名前と料理が一致しないかもしれないからと雅美は楽しそうに笑った。

「まあおれは問題ないな」義雄が言った。「はあ?」と雅美が低く返す。

「義雄が一番心配でしょうよ。今日だって買い物行って、卵忘れてたじゃん。卵が一番の目的だったのに」

「あれは……」あれだよと小さく続ける義雄へ、雅美は「どれよ」と返した。

「ほら、エンターテインメントってやつだ」

「あれのどこが人々を楽しませる娯楽なのよ。あれは世間一般では物忘れって言うの」

「おれのセンスがわからないとは、雅美もまだまだだな」

「そんなセンスならわからない方が幸せよ」

僕は蕎麦をすすった。あのう、と薫子が小さく言う。

「お二人は……大丈夫なんですか?」

「放っておけばいいよ。あれが二人の仲のよさなんだ」

「へえ……そうなんですか」

そう、と僕は頷いた。

「そんな扇子ならうちは団扇でいいわ」

「愚か者。これほどセンスのいい扇子はないだろう」

「それのどこによきセンスがあるのよ」

素早く飛び交う二人の声に、薫子は苦笑した。「食事が済んだらすぐに部屋戻ろうね」と声を掛ける。

「止めろよ」と声を揃える二人へは「勝手に止まれよ」と返した。