居間には誰もおらず、座卓に紙が置かれていた。反転した平仮名が並んでいる。昨日のテレビのせいかと思った。文字を反転して書くと脳が活性化するといった情報が番組の一部にあった。
「わざわざ置き手紙を残すとは……」
「雅美さんが書いたんですかね?」薫子は後ろから紙を覗いた。
「これが思想改造というものか」
「は?」薫子は軽蔑したように言った。
僕はなんでもないですと苦笑した。「『かいものにいってくる。うぃずよしお』だってさ。茂さんは外、トシさんは小物作りだろうね」
「トシおばあちゃま、小物を五円で売るって本気なんですかね? 作るの間に合うんですかね。五円じゃすごい売れそうじゃないですか?」
「大丈夫、あの人は自分の力に見合わないことは決して言わないから。それに、一着の作務衣を一日で作った人だよ? 細かい部分の作り直しのようなものはあったけど」
「そうですけど……。五円って赤字じゃないですか?」
「あの人はお金のためにやってるんじゃないんだよ。なにもかも」
「そうなんですか?」
「あの人はお金が好きじゃないんだ。こんなものが人の幸や不幸に影響するなんてってね」僕は紙を座卓へ戻した。「だから、お金を出すのは好きだけど得るのは強くは望んでないんだ」
「お金がある人にしか言えないし思えないですね……」
ぽつりと発された薫子の声に、僕は小さく笑った。言いたいことはなかった。
「わざわざ置き手紙を残すとは……」
「雅美さんが書いたんですかね?」薫子は後ろから紙を覗いた。
「これが思想改造というものか」
「は?」薫子は軽蔑したように言った。
僕はなんでもないですと苦笑した。「『かいものにいってくる。うぃずよしお』だってさ。茂さんは外、トシさんは小物作りだろうね」
「トシおばあちゃま、小物を五円で売るって本気なんですかね? 作るの間に合うんですかね。五円じゃすごい売れそうじゃないですか?」
「大丈夫、あの人は自分の力に見合わないことは決して言わないから。それに、一着の作務衣を一日で作った人だよ? 細かい部分の作り直しのようなものはあったけど」
「そうですけど……。五円って赤字じゃないですか?」
「あの人はお金のためにやってるんじゃないんだよ。なにもかも」
「そうなんですか?」
「あの人はお金が好きじゃないんだ。こんなものが人の幸や不幸に影響するなんてってね」僕は紙を座卓へ戻した。「だから、お金を出すのは好きだけど得るのは強くは望んでないんだ」
「お金がある人にしか言えないし思えないですね……」
ぽつりと発された薫子の声に、僕は小さく笑った。言いたいことはなかった。