すみませんと小さく言うと、薫子は「先に顔洗っていいですか」と静かに続けた。僕が頷くと、彼女は静かに部屋を出た。

微かに開いた戸の先から、「おおかわいいな」と義雄の声がした。髪の毛、と義雄の声が続けると、薫子の笑いを含んだ声が「照れますね」と返した。

「義雄さんはお世辞がうまいですね」と薫子は戻ってきた。

「本音だと思うよ」と僕は言った。「あの人子供みたいなところあって、嘘つくとき目が泳ぐんだよ」

「えっ、そんな露骨に泳ぐんですか?」薫子は笑いながら言った。

「それはもう。挙動不審なくらいだよ」

僕は立ち上がり、布団を畳んだ。

「義雄の嘘を見抜けないほどでは、生きている間に五十回は詐欺に遭う」僕は言いながら布団を隅に置いた。

「なんかちょっとかわいいですね」

「かわいいかなあ?」

「ギャップってやつです」

「ああ……」

「ギャップってよくないですか?」

「そうかなあ」

「例えば、すごい冷めた感じの女性がホラーとか虫で半泣きになるとか」

「ああ、人間らしい部分もあるんだなあ、みたいな?」

「とかその反対で、ほんわかしたか弱い感じの女の子がホラー大好きとか」

「それはなんか怖い。いや、いくらでもいるんだろうけど。ちなみに薫子は? ホラー」

絶対無理ですと薫子はふるふると首を振った。「ちょっと髪の長い女の人が髪の毛で顔隠してるだけでアウトです。叫びます」

「そうなんだ。なんか幽霊に同情したりしそうなのに」

これがギャップですかねと薫子は苦笑した。