へえ、ただの水じゃないんだ――。ふと、まも兄の声を思い出した。彼が店の手伝いを始めた頃の言葉だった。

まも兄とは呼んでいるが、まもるという名のその男と血縁関係はない。彼に関して知っていることは少ない。知っているのは、生年月日と悪い人間ではないということくらいだ。

まもるという名前にどんな漢字が当てられているのかも知らず、義雄や雅美はまもると呼んでいた。彼らもまも兄について詳しく知ろうという気はなかったようで、知らないことの方が多い相手となった。

僕は布巾を絞り、濡らしていないものと二枚の布巾を持って表へ戻った。カウンターテーブルの上を少しずつ、濡れた方乾いた方と交互に滑らせる。

カウンターテーブルが済んだあと、布巾を濡らし直してから座敷に上がった。

仕込みや掃除が済んだ頃、義雄が「よし」と声を発した。

「そろそろだな。じゃあ、こうのはながほっこりを提供できる場でありますように」

よろしくお願いしますと頭を下げる義雄に、雅美と共に同じように続いた。