朝食後、僕は水の音を聞きながら鏡に映る自分の顔を見た。

もう十一年か――。

次に誕生日を迎えれば、眼帯が体の一部のようになったあとの時間の方が長くなる。時間の流れとは早いものだなと思った。

「おお、恭太」義雄の声が言った。鏡越しに目を合わせ、「おはよう」と返す。

僕は水を止め、歯ブラシをスタンドへ戻した。

義雄はにやりと口角を上げた。「歴史的瞬間に立ち会うか?」

「歴史的瞬間?」

「聞いてないか? 看板できたから、開店前に替えようと思って」

「ああ」なるほど、と僕は続けた。


すごいですね、と薫子は感嘆の声を上げた。

「これを一日くらいで作っちゃったんですか?」

「まあ、難しい作業はないから」義雄は嬉しそうに笑いながら言った。「文字の周りを彫って、そこを金で色を付けて文字を黒く塗るだけなんだ。最後にニスを塗れば完成」

「そのニスっていうのはなんなんですか?」

「木材用塗料の一種で、塗るのは木材の保護が目的なんだ」

「へえ。義雄さんって料理以外にも色々できるんですね」

僕は堪えられずに小さく笑い、雅美を見た。「なによ」と低い声を発する彼女へ、「なんでもない」と笑い返す。