ありがとうございます、またご利用くださいませ――。彼が訪れたのは、閉店直前、店内にいる客が一組になった頃だった。

彼とはおよそ五年前に出逢った。頻繁に一人で来店する彼に名前を問うと、当時十二歳ほどだった彼は藤原と名乗った。なにやら家庭環境が複雑であるようで、彼は現在、精神が限界を迎えたときにここへくる。以前僕がそうするようにと言ったためだ。言ったところでその通りにしてくれるとはあまり思っていない自分もいたが、藤原君はこうしてきてくれている。

「いらっしゃい」僕は品書きを持ってレジカウンターを出た。

「カウンターと座敷、どっちにする?」

「邪魔にならないところ」と藤原君は小さく答えた。

「カウンターにするか」と提案すると、彼は小さく頷いた。

出入り口から最も遠いカウンター席へ藤原君を案内した。

「決まったら言ってね」

僕は品書きを渡し、そばの入り口から厨房へ入った。グラスに水を注ぎ、藤原君の前に置いた。「ごめん」と呟く彼へ、「なにが」と笑い返す。