「どう、甘いものでも食べる?」雅美が言った。「と言っても、まだ羊羹くらいしかないけどね」

「じゃあ、普通の」

静かな藤原君の答えに、雅美は「お代わりでも他のものでもいつでも言って」と羊羹の載った黒い皿を彼の前に置いた。ありがとうございます、と藤原君は静かに会釈する。

藤原君が羊羹に手を付けた頃、薫子がきた。

「雅美さん、羊羹もらっていいですか。抹茶です」

「はいはい」よろしく、と雅美は薫子へ皿を渡した。

不満げに僕の名前を呼んだあと、薫子はなんでもないですと言って座敷へ戻った。僕自身も思っていたくらいだ、仕事をしろとでも言いたかったのだろう。しかしそれが難しいことは彼女にも伝わったようだった。

「仕事、戻っていいよ」藤原君はぽつりと言った。

「大丈夫だよ、若き優秀な後輩を持ったからね」

「後輩に仕事を押し付ける先輩は嫌われるよ」

僕は苦笑した。

「おれはこれを食べたら帰る」だけどその前にさ、と彼は続けた。

「一つ、訊いていいかな」

「うん。なに?」

「竹倉君って本当に植島と付き合ってるの?」

抑える余裕もなく「まさか」と返し、僕は笑った。「嘘に決まってるじゃない。恋愛に関しては、僕に歳下は合わないよ。薫子も歳下が好きなようだしね」

「へえ」と頷く藤原君の肩を一度叩き、僕は「すみません」という声に「ただいま伺います」と返して仕事に戻った。