ふと、部屋の戸が三度叩かれた。「親愛なる若者よ」と雅美の声が続く。

僕はあぐらを解いて立ち上がり、戸を開けた。やあ、と雅美は笑顔を見せる。不気味、と僕は呟いた。

「朝食どうする?」雅美は言った。

「薫子はなにがいい?」僕は薫子の方を振り返った。「なんでもいいですよ」と彼女は微かに口角を上げる。

「ちょっと」と雅美に腕を指で刺される。いて、と声を漏らしてその箇所を押さえ、「なに」と返す。

「薫ちゃんになにかしたの?」

僕は小さくかぶりを振った。そう、と雅美は興味なさげに頷く。

「薫ちゃん、寒い? 暑い?」

「いえ」快適ですと薫子は笑顔を返した。

「そう……。朝食、お茶漬けにしようと思い立ったんだけど、温かいのと冷たいのどっちがいい?」

「えっと、じゃあ……」温かいので、と薫子は続けた。雅美は「了解」と頷き、「恭太は?」と続ける。

「雅美は?」と返すと、「冷たいの」と返ってきた。「じゃあ温かいの」と答えると、彼女は「なんのために訊いたよ」と苦笑した。

それじゃあしばしお待ちよと残し、雅美は部屋の戸を閉めた。

「なんか、すみません」

僕が布団の方へ戻ると、薫子は小さく言った。「大丈夫だよ」と僕は返す。

「少しくらい子供っぽくたって、困ることも迷惑を掛けることもない」僕は布団を畳みながら言った。畳んだ布団を隅へ置く。

「大人ってたぶん、慌てていてはなれないものだよ」