正直な話、どうするのが正解なのか自分でも分からなかった。

 ただ一つ馬鹿なわたしにも分かるのは、これ以上誤魔化し笑いでこの場を持たせるには既に限界であるという事。

 きっと下の名前で呼びたがるのだって、ハル先輩からしたら普通の事でそこに意味なんてない。そんな事は言われなくとも分かっている。

 だけどわたしにはハル先輩にとってのその”普通”を共有するには、分不相応にも程があるという自覚があった。

 そしてそれは周囲の人間にとっても同じ認識となるに決まっている。

 容易に十分な妬みの材料となり得るのだと察しがつく。

 おそらくそれまでわたしの事など大して意識もしていなかった女の子の視線が突き刺さる様な鋭いものに変わるのは必至。

 ハル先輩と親しくする事で、それまでわたしを包み隠していたはずの”目立たない中間層”という隠れ蓑が剥がされ、”分を弁えていない中間層”というレッテルが新たに張り替えられて行くのだろう。

 音楽の趣味が不思議なほど噛み合うハル先輩とは、もっと色んな話をしてみたいと思う。

 だけど悪目立ちする事の恐怖も同時に抱いてしまい、その提案に快く応じられない自分もいる。

 わたしには今、どんな選択肢が残されていて、何を選択するのが正しいのかが分からない。

 その間もハル先輩は、黙りこくるわたしに嫌な顔一つせず待ち続けてくれていた。

そんなハル先輩に対して、多分咄嗟に出たと言ったという方が正しい。


「あのっ——、」


 何も答えを持ち合わせていなかったわたしの精一杯の思いのたけを、下手なりに懸命に口に出し紡ぎ始める。

 何とも言えない後ろめたさからハル先輩の反応を知るのが怖くて、次第に視線は足元に落ちる。


「ん?」

「わ、わたし……その男の人と話したりするのに慣れてなくて、」

「うん」


 こんな事を突然語り出すわたしをハル先輩は呆れてしまうだろうか。

 だけどこれが今のわたしに出来る唯一の解決策だった。


「だから、……そのいきなり名前で呼び合ったりとかって言うのは……ちょっとわたしにはハードルが高くて、」