遅い時間だったけれど、担当者は十分で飛んで来た。
「はあ。これが地縛霊、ですか」
 ソファに座ってにこにことしているリョウを眺め、興味がなさそうにつぶやいた。地縛霊とはいえ、見た目は人と変わらない。
「リョウくん、この人から生気をがんがん吸い取っていいよ」
「ぼく、若い女の子が好みなんだけど。中年男性はちょっとね。しかも小太り」
「選んでいる場合じゃないよ。ひとりぐらしの私の部屋に来る人なんて、少ないんだから」
「はいはい。お久しぶりです、ぼくのことを覚えていますか」
 リョウはいっそう華やかに笑いかけ、握手を求めて右手を差し出した。
「お久しぶり? 初めまして、ではありませんか」
 担当者は自分の名刺を差し出しかけた手を止めた。
「いいえ。ぼくもあなたを介してこの部屋を借りたんですよ。あのときはそう、新築でしたね。そこまで言えば思い出しましたよね。当マンション507の最初の借り手。ぼくです」
「え、最初、の」
 リョウの笑顔に、担当者は次第に顔を曇らせる。
「はい。ぼくがいなくなったあとも、あなたはここへ何人も見学に連れて来ました。ぼくの気配を悟って早々に逃げ出した人もいれば、すんなり話が進んで実際に住みはじめた人もいました。でも、誰も長続きしなかった」
「は、話が見えません」
「あなたは霊感が弱いんですね。これだけ親切に説明してあげても、さっぱり気がつかないなんて。三年でずいぶん太ってしまって。それに髪も。ああ、これ以上は失礼ですね」
 そう言いながら、リョウは担当者と強引に握手した。
「つ、冷たい。というか、感触がない? 土を握らされているような」
 ようやく、担当者は事態を察知したようだった。
「やっと理解しはじめたようですね。ぼくはこの部屋の地縛霊。死んでいます。顔、覚えていませんか」
「……あっ、朝香響(あさかきょう)!」
 朝香響。それが、リョウの本名だった。
「お、名前が出た。名前。そうか、朝香響。桃花ちゃんに『リョウ』って呼ばれて違和感なかったのは、語感が似ていたせいなんだ。『響』と『リョウ』。なるほどね。そうか、ぼく朝香響っていう名前だった」
 満足したように、リョウは頷いている。
「これから、キョウくんって呼んだほうがいいかな」
 念のため、私はリョウに尋ねた。
「リョウでいいよ。慣れたし。せっかく、桃花ちゃんからもらった名前だもん」
「しゃべった。死人が、しゃべった……よりによって、あの朝香響の亡霊が」
 担当者は顔面を蒼白にして、ぶるぶると怯えている。しかし、許すわけにはいかない。
「そのほかにも、とっとと教えなさい。彼のプロフィール。彼を成仏させたいの。管理している情報を教えて。これは、あなたにもいい話だと思う。さもないと、マスコミにネタを提供する。これだけはっきりと視える霊なんだから、さぞかし話題になるでしょうね。リョウくん、顔がいいから地縛霊初のアイドルになったりして」
「ぼく、部屋を出られないんだよ。桃花ちゃんってばもう」
「そうだった、いやだな私ってば。『アイドルの彼女』なんて、私の個人的願望だったね」
 談笑するふたりを傍目に、担当者は冷や汗を流しながら仕事用のパソコンを開き、リョウのデータを私に極秘で教えてくれた。情報を漏らしたことが会社に知られたら、解雇ものだろう。私も、朝香響のデータを内密にすると固く約束した。