「やっぱり、なにか出ましたか」
 翌日。不動産屋の担当者は、がははと大口を開けて笑った。
「銀髪の、若い男性が出るんです。部屋の中で、浮いているんです」
 私は詰め寄った。
「わたしたちには確認できない事項なんですよ。過去、事故物件だったことは事実ですし、リフォームも徹底的にしました。そしてきちんと告示しました。けれど、借り手さんが長続きしなくて。格安物件には、気をつけるべきですよ。世間には相場っていうものがありますので」
 とうとう暴言まで吐かれてしまった。
 さらに引っ越すような資金はない。保証人になってくれた親も、不審がっていた。ストーカーのことは話したくない。早く、実家へ戻れと言われるのがオチ。お金が貯まるまで、あの地縛霊と仲良くしなければならないのか。
 『じばくれい』。
 パソコンを使って調べた。念を残すあまり、死んだ場所から離れられない魂。逆に考えると、魂が持っている念を浄化できれば、地縛霊は成仏できるはずだ。
 しかし、杞憂は徒労。この部屋の地縛霊は、意外と使えて話の分かる性格の持ち主だった。
「桃花ちゃん、ごはんつくったよ」
「お留守の間に掃除しておいたよ」
「洗濯物、畳んでおくね」
 性格が明るくてよい。よく働いてくれる。適当に買い物を済ませておけば、食事を作ってくれる。しかもおいしい。使える地縛霊だった。もしかしたら、ほんとうに掘り出し物だったかもしれない。しかも美形ときては、このままでいいかもと軟化してきた私は、ずるずると同居を許してしまった。
「名前はなんていうの。歳は。出身は。学生だった? どこで、なにをしていたの」
 私の問いに、地縛霊はさみしげに俯く。
「なにも分からないんだ。覚えていないというより、思い出そうとすると意識が吹っ飛んじゃう。ぼくみたいに、自分で生を断ち切った罪作りな人間には、断片的な記憶しか残らないみたい」
「悪いことを聞いちゃったね、ごめん。でも、『じばちゃん』じゃ、あんまりだよね」
 腕を組んで、私は考えた。地縛霊。じばくれい。じばく、れい。
「じばくりょう。しば、りょう。斯波リョウなんて、どう?」
「なんだか、格好いいね。ぼく、自分の顔って好きじゃないんだ。目が大き過ぎる。鼻も高過ぎる。唇も赤いし、顎も尖っていて。髪も癖っ毛でまとまらない。幼なじみからも変、変って言われていたし」
「謙遜? 照れている場合じゃないよ。容姿もいいんだし、もっと自分に自信を持つべき、リョウくん」
「ありがとう、桃花ちゃんに言ってもらえるなんて、うれしい」
 はにかんだ表情もかわいい。ああ、こんな彼氏が現実に欲しい。図々しいかと思ったけれど、一緒に寝てと頼んだら、律儀に添い寝してくれた。リョウの体は、冷たいのが残念だけれど、久しぶりに朝までぐっすり眠ることができた。ストーカーが来たら、リョウを彼氏だと紹介して諦めさせよう。