だめだ、終わった。
 リョウに勝って命を長らえたのに、こんなところで果ててしまうなんて、みじめ。
「きみ、やめなよ」
 元彼の背後から近づいた背の高い人が、素早く元彼の脇腹に手刀をひと突き入れ、ナイフを落とさせた。からからと転がるナイフを、ひとりの女子学生が道の隅へ蹴り飛ばす。守衛室から警備員がふたり、走って来るのが見えた。しかしまだ遠い。
「なにすんだよ、外野は引っ込んでろ」
 武器を奪われた元彼は、ナイフを取り上げた若い男性に向かって罵声を発した。
「そうはいかない。桃花ちゃんは、ぼくの大切な人」
 言い終わるのとほぼ同時に、若い男性はたちまち元彼の両腕を背中側に回し、身体を門扉にぎゅうぎゅうと押しつけて締め上げた。元彼は涙声。
「桃花ちゃんに、二度と近づくな」
 逆光で顔がよく見えないけれど、声に聞き覚えがある。陽の光に輝く銀髪にも、懐かしい既視感があった。鮮やかな身のこなしに、周りからは拍手が上がった。
 元彼は警備員に連行された。突然の騒ぎに、大学の門前がざわめいている。
 私は助けてくれた若い男性のところへ歩いて寄った。もしかして、の一心で。
「ありがとうございました。あの、あなたは」
 振り向いた男性は、やさしいあの笑顔だった。
「だいじょうぶ、桃花ちゃん? 歩けるみたいだね、よかった」
 朝香響、いやリョウがいた。懐かしい、まぶしいほほえみ。忘れられるはずがない、銀灰色の髪。
「リョ……」
「はじめまして。ぼく、この春入学した、法学部の赤瀬亮太(あかせりょうた)です。よろしくね、長谷川桃花先輩。とりあえず救護室へ行きましょうか。桃花先輩、膝をすりむいていますよ」
「りょうた? ちょっと待って、リョウくんでしょ!」
 リョウは有無を言わせず私をおんぶした。確かに膝頭から血が出ていて、ひりひりする。しかし、歩けないほどではない。この年でおんぶなんて、恥ずかしい。しかも相手は美形の年下男子。
「下ろして、お願い」
「もしかして、お姫さまだっこのほうが好みでしたか?」
「そうじゃなくて」
 地縛霊だったリョウが外を歩いている。みんながリョウを見ていた。あまりの美形っぷりに、釘づけだ。けれど私にとっては、地縛霊のリョウが普通の人になっていることで、心がいっぱいだった。