私は女性の車に乗せてもらい、寺を出た。私が熱くなったり冷え切ったりした坂道を、車はころころと順調に下った。
「車がないと、北海道はきついよ。特に函館は坂が多くて」
「免許、まだ持っていないんです」
「若そうに見えたけど、年下か」
「二十歳です」
「響の後輩?」
「はあ、そんなところです」
「あいつ、私の知らない女がまだいたんだ……いや、こっちの話。この近くに、昔の商店を改築したカフェがあるから、そこで話そう。観光客にも人気なんだ」
「はい」
 案内されたお店は、昔の店舗兼住宅の外観を残しながらも、今風にアレンジされたおしゃれカフェだった。奥のソファにどっかりと座った女性はコーヒーを注文した。しぐさが、男らしい。私はロイヤルミルクティーを頼んだ。
「ええと、東京から来たんだったよね」
「そうだ、自己紹介。私、長谷川桃花って言います。東京の、大学二年生です」
「よろしく。私は石田(いしだ)優子」
 その名前には聞き覚えがあった。リョウが引き会わせてくれたのかもしれない。
「もしかして、幼なじみの優子さんですか」
 優子はコーヒーを飲む手を止め、驚いていた。見開いた目をぱちぱちさせている。
「朝香くんのお母さんに聞きました。朝香くんのことをいちばんよく知っているのは、優子さんだって。でも今は、連絡がつかないって」
「おばさん、そんなこと言ったんだ。ふうん、ちょっとうれしいかな。でも、響を殺したのは私だからね」
「殺した? 朝香くんを? まさか」
 私は立ち上がった。
「しっ、静かに」
 ほかにお客さんがいなくてよかった。私は座り直した。
「ごめんなさい」
「聞いていないの、事件のこと」
「朝香くんは自殺だったと。でも、納得いかなくて」
「自殺は自殺だよね。でも、追い込んだのは私。近くに住んでいたころはよかったんだよね、いつでも会えたし、あいつの面倒を見られたから。ほら、響ってさ、気が弱いのにあの顔でしょ、いつも女どもにちょっかい出されて、困っていたの。女が寄りつくたびにいちいち追い払っていたんだけど、私って身体が弱くてさ。療養のために引っ越したらぐんぐんよくなって、今はスポーツクラブで働いているんだ。で、なんで響のことを調べているわけよ」
「ええと、信じてもらえないかもしれないけれど、正直に言います。私の住んでいる部屋……つまりうちに、朝香くんが憑いているんです」
「うちに、憑いている?」
 優子は目を丸くした。
「部屋に出るんです、彼が。私、彼の憑いている部屋を借りています」
 懸命な私は、わりと真面目に言ってのけたつもりだったけれど、優子はあきれている。
「ばかばかしい。妄想に付き合って損した。その手の話、苦手だし嫌いなの」
 優子はソファを蹴って立った。
「冗談でこんなこと、言えません。私、朝香くんに呪われているんです。嘘だと思うならこれ、見てください」