「カケル、残りは何匹だ?」
「三匹。一匹は今、俺が風で飛ばしたやつ」
 
 オルタナは空を警戒しながら、カケルに聞いている。答えるカケルの表情は冷静で、焦りは微塵も感じられない。
 頭上では風に流された殺人蜂《キラービー》が体勢を立て直して、ブンブン飛び回っているところだった。
 隠れているワームがいると考えもしなかった自分の甘さに、イヴは歯噛みする。
 
「面倒だな……出て来やがれ!」
 
 オルタナが獣の咆哮を放つ。
 空気がビリビリと震えた。
 獣人の咆哮には、敵の注目を自分に引き付ける力がある。叫びに炙り出されたように、殺人蜂《キラービー》が草の繁みから現れた。
 二匹の蜂は真っ直ぐオルタナへ向かう。
 
「同時に二匹を相手にするなんて……!」
 
 無茶をすると思ったイヴの横を、すっと風が吹き抜ける。
 軽やかに走る青年が通り過ぎた気配がした。
 
「!」
 
 オルタナに向かった片方の蜂を、カケルが器用に風を操って地面に落とす。そして自分のリュックを鈍器代わりに蜂の上に振り下ろした。
 
「うっわー、ジタバタしてる」
「さっさと止めを刺せ」
「それはオルトに任せるよ」
 
 二匹めの蜂を容易く片付けたオルタナが、面倒くさそうにカケルが時間を稼いだ三匹めに向き直り、とどめを刺す。
 オルタナもそうだが、カケルも至近距離でワームと接することに怯えている様子はない。まるで家に入ってきたハエを叩くのと同じくらい、迷いのない行動だった。
 そして息の合った連携だ。
 オルタナは三匹めをカケルが相手にすると知っていたように、目の前の敵に集中していた。それにカケルも、オルタナの行動を予測していたように走り出すのが早かった。
 
「……あんたたち、仲が良いの?」
 
 思わずイヴは聞いてしまう。
 
「え? どうだろう。どう思う、オルト?」
「うぜえ」
 
 カケルはきょとんとし、オルタナは嫌そうにそっぽを向いた。
 
「……カケル! いきなり走り出すから何事かと思ったぞ」
 
 ちょうどそこに、リリーナを連れたロンドが追い付いた。
 
「ロンド先輩、それにリリーナ!」
「イヴ、無事で良かった」
 
 リリーナは無傷のイヴを見て安心したように微笑む。
 ロンドは厳しい表情で、イヴに向かって言った。
 
「イヴくん、人間の魔術師がワーム相手に特攻するのは悪手だ。きちんと周囲の状況を確認して、複数のワームに囲まれないか考えて行動する必要がある」
「すみません」
 
 考え無しに突っ走った自覚があったので、イヴは素直に謝った。
 複数のワームと言えば……カケルは敵の数や位置が分かっているようだった。
 
「カケル、あなたワームの気配が分かるの?」
 
 イヴは、戦いが終わった途端に地面にしゃがみこんで、蜂の死体をツンツンしているカケルに聞く。
 答えてくれたのはロンドだった。
 
「カケルは風竜だ。風竜は、敵の気配を感じたり、異変を察知したりすることに長けている」
「なるほど。何とかとハサミも使いようということですか……って、何やってるの?」
 
 何故か、カケルは地面を這って何か探しているようだった。
 奇妙な匍匐前進する彼を、テオやクリスたちも「大丈夫かコイツ」という目で見ている。
  
「蹴り飛ばすぞ」
 
 オルタナが言いながらカケルの尻を蹴ろうとした。
 
「待って待って! オルトのは痛いから嫌だ! あっ!」
 
 蹴りを避けるようにヘッドスライディングして、カケルは頭から草の繁みに突っ込む。
 イヴは非常事態にありえないコミカルな行動に呆れた。
 木の葉を頭に付けたカケルが起き上がり、手に持った草の茎をこちらに向かって振る。
 
「なー、ロンド兄、イヴ。草ってこんなにニョロニョロ活きが良いもんだっけ?」
「!!」 
 
 カケルの手に持つ草がウネウネする。
 見間違いではないようだ。
 テオの仲間の普通科の少女など「気持ち悪い」と顔をしかめている。
 草を凝視したロンドは、急に顔色が変わった。
 
「ラフレシア……ワームを呼び寄せる習性を持つ、植物の姿をしたワームだ!」