時は飛ぶように過ぎ……いよいよ校外演習の当日となった。
 朝から憂鬱な気持ちで荷物を整え、イヴは集合場所に向かう。到着して見回すと、集合時間より前に来たせいか、学生の姿はまばらだった。
 緑色のショートボブの少女が「こっちだよ」とイヴに手を振る。
 
「おはよ、イヴ」
「おはようリリーナ」
 
 親友のリリーナは、イヴの姿を認めて嬉しそうに微笑んだ。
 
「私たちの班には、引率に先輩が付くんだって」
 
 リリーナの隣には、青い制服を着た背の高い男子生徒が佇んでいる。
 眼鏡を掛けた理知的で穏やかな雰囲気の若者だ。ダークブラウンの髪は長すぎず清潔に整えられており、眼鏡の奥のヘーゼルの瞳は大人びた静かな光を宿している。
 
「空戦科四年のロンド・イーニークだ。よろしく頼む」
 
 落ち着いた声と物腰に、イヴは見惚れた。
 こんな素敵な先輩が竜族なら是非ともペアをお願いしたい。だが残念なことに、ロンドの制服の襟に付いたピンは、竜騎士であることを示す剣の形をしていた。
 
「おはよー、ロンド兄」
 
 その時、欠伸をしながらカケルが登校してきた。
 見るからにやる気がない、だるそうな様子である。
 ロンドが眉をしかめた。
 
「寝癖が付いているぞ、カケル」
「ふえ?」
 
 妙に親しい仕草で、ロンドはカケルの頭を撫でた。
 カケルは眠そうな顔でぼうっとしている。
 イヴは疑問に思った。
 
「知り合いなんですか?」
「昔、家が近所だった。こいつは僕の弟のようなものさ。学校でいつも寝ていて迷惑を掛けているだろう、すまんな」
「いえ」
 
 ロンドから謝られて、イヴは戸惑いながら首を横にふる。
 どうやら落ちこぼれのカケルの面倒は先輩が見てくれそうだ。予想していたよりも、平穏な校外演習になりそうである。
 そう油断していたイヴだが、最後の班のメンバーを見て、思いっきり嫌な顔になった。
 
「あー、くそダリい」
「あんた……オルタナ・ソレル!」
 
 浅黒い肌に金髪の男子生徒が、カケルの後ろに立っている。
 鮮烈な赤い瞳の、野性味溢れる容貌をした青年だ。モスグリーンの制服の上着を脱いで肩に引っ掛け、荷物は最低限しか持っていない。
 彼の名前は、オルタナ・ソレルといい、学年きっての不良で有名な生徒だった。しょっちゅう柄の悪い連中と喧嘩しており、まるで抜き身の剣のような尖った雰囲気をまとっているので、一般の生徒からは敬遠されている。
 イヴも野蛮な匂いのするオルタナが苦手だった。
 
「最後のメンバーってもしかして……事前の班分けでは、クリスという生徒だと聞いていましたが」
「変更になったんだ」
 
 ロンドがすまなそうな顔をする。
 この先輩は見た目通り優しいらしい。イヴの心情を察して同情してくれているようだ。
 
「ともかく、これで班のメンバー全員そろったな」
 
 ロンドは咳払いをして、イヴたちに向かって話を切り出す。
 
「イヴくん、リリーナくん、カケル、オルタナ。君たちの間で話し合って班長を決めてくれ。僕は引率だが、見守るだけで、班の行く道を決めるのは班長の役目だ」
 
 そう言われて、イヴたちは顔を見合わせた。
 このメンバーでリーダーを決めろという。
 
「……仕方ないわね。私がリーダーをするわ」
 
 誰も何も言わないのでイヴは自分で名乗り出た。
 密かに内心では、このメンバーなら一番優秀な自分がまとめるべきと、少しばかり調子に乗っていたのだ。
 リリーナは苦笑している。彼女は基本的に誰かに合わせるタイプなので、文句は言わない。カケルは落ちこぼれだし論外だろう。そう思っていると、最後のメンバーから反論が上がった。
 
「却下だ。高慢なクソ女が仕切るんなら、俺は班を抜けさせてもらう」
「なんですって?!」
 
 オルタナは真っ向からイヴに逆らう。
 イヴは彼と睨みあった。
 
「じゃあ、あんたは誰がリーダーなら従うのよ? 言っとくけど、あんたがリーダーなら、私だって班から抜けさせてもらうからね!」
 
 イヴは鼻息荒く言い放つ。
 自覚はしているが、イヴはわりと短気な性格だった。リリーナが隣でハラハラしている。
 オルタナは、ふんとイヴを馬鹿にするように息を吐いて、ぼけっとしているカケルの肩に手を乗せた。
 
「リーダーはこいつだ」
「は? 正気で言ってるの?!」
 
 急にリーダーに指名されたカケルは、状況を理解していないのか、大あくびをしている。
 
「ちょっとあり得なくない?! リリーナどう思う?」 
 
 イヴはリリーナに同意を求めた。
 イヴに賛成するかと思っていたリリーナだが、意外なことに微笑して「別に良いんじゃないかしら」と言った。
 
「道はイヴとカケルくんが相談して決めればいいんじゃない?」
「そ、そうかもしれないけど」
 
 イヴは予想外の結論に狼狽える。
 一方のオルタナは、どうでもいいという態度で「決まりだな」と告げた。
 ロンドはあくまでも見守るつもりらしく、口を出さない。
 
「ちょっと、あんた……カケル?」
「お布団が恋しい……」
 
 おそるおそる、今まで会話したこともない同級生とイヴはコミュニケーションを計った。しかし返ってきたのは、完全に寝ぼけているカケルの呻き声だった。
 
「いつまで寝てんだ、馬鹿」
「いてっ! いきなり殴るなよ、オルト」
 
 オルタナが拳骨をカケルの頭に落としている。
 カケルは頭を押さえてオルタナに食って掛かっていた。他の生徒のようにオルタナを恐れている気配はない。しかも彼の名前を縮めて「オルト」と呼び捨てにしている。
 リリーナはイヴに耳打ちした。
 
「カケルくんとオルタナは、寮に入っていて同じ部屋なんだよ」
「ふーん……って、リリーナ、どうしてオルタナの奴を呼び捨て?」
「幼馴染みだから」
「え?!」
 
 清楚なリリーナと粗野なオルタナ、真逆な二人が親しく話しているところは想像が付かない。いったいどういう繋がりだろうか。班長をめぐる意外な成り行きと、親友リリーナの交友関係の謎の広さに、早くもイヴの許容量は一杯になってきている。
 ロンドに「そろそろ移動しようか」と言われて、イヴたちはようやく校外演習に出発することになった。