「最っ悪!」
 
 イヴは行儀悪く、サラダのトマトに思い切りフォークを突き刺した。
 
「まあまあ」
 
 隣の席で苦笑しているのは、親友のリリーナ・アルフェ。
 明るい緑色の髪をした大人しそうな少女だ。
 見た目通りの優しい性格で、イヴと違い、普通科に進学している。皆が皆、冒険や戦いに飛び込みたい訳ではないのだ。
 
 普通科コースの制服はオリーブ色で統一されている。
 竜騎士と騎竜を目指す空戦科コースの制服は、青色。
 地上で戦う兵士を目指す陸戦科コースの制服は、モスグリーン。
 食堂にいる生徒たちの多くはオリーブ色の制服で、ちょくちょく青色やモスグリーンが混じっている。
 
「機嫌を直して、イヴ。私はイヴと同じ班で良かったよ」
 
 リリーナは穏やかに微笑む。
 
「校外演習は、人里から離れた自然の中でキャンプをするんだよね。まさかワームが出たりはしないだろうけど、不安だわ。でもイヴと一緒なら、何が起きても大丈夫よね。イヴ、戦略魔術師の資格の勉強をしてるんでしょ?」
「ええ。ワームが出ても、焼き払ってやるわよ」
 
 イヴは自信満々に頷いた。
 戦略魔術師とは、悪用すると人も殺せてしまう、戦いに使う攻撃的な魔術の使用を許可する資格である。
 
「魔術には自信あるけど……あいつら、大きな昆虫の姿をしてるのよね。絵でしか見たことないけど、実物はもっと気持ち悪いのかしら。できれば出会いたくないわね」
「それは同感」
 
 ワームの姿を思い浮かべ、食事中にする話ではなかったと、イヴは後悔した。
 
「それにしても、カケルくんも一緒の班かあ……」
「知ってるの?」
 
 リリーナは、コーンポタージュをスプーンですくいながら、遠くを見るような目をした。
 
「……知ってるわ。家の事情で、遠い雪国アオイデから越してきた子よ。金銭的に余裕が無いから、アルバイトをしてお金を稼いでるのよね。それで疲れてるのか、しょっちゅう授業中に寝てる」
「え? 単に授業をサボってる訳じゃないの?」
 
 イヴは呆気に取られた。
 リリーナは意味深に笑って答えない。
 こう見えてリリーナは結構な情報通だ。彼女の言うことなら間違いは無いだろう。
 不真面目な授業態度に誤解していたと、イヴは爪の先ほど反省した。
 
「それでね、彼、小遣い稼ぎに縫いぐるみを作って売ってるのよ。ほら、快眠ひつじくん!」
 
 リリーナは机の上に、白いモコモコを取り出した。
 黒いビーズの瞳が可愛らしい羊の縫いぐるみである。
 
「これを……カケルが?」
 
 イヴは羊の縫いぐるみを凝視した。
 市販と遜色ないできばえの作品だ。
 
「リリーナあんた、これ買ったの? 確かにすごい出来だけど、方向性を間違ってない? あいつ空戦科だよね。縫いぐるみ編むより武術の練習すべきじゃ」
「もう、イヴってば! たまには女の子らしく可愛いものにも関心を持とうよ。今から武術の修行ばっかりしてると、脳ミソまで筋肉になっちゃうよ!」
 
 リリーナの情報によると、カケルの趣味は手芸だそうだ。
 水鳥の羽を詰め込んだ枕や、ふわっふわの毛布を自作して、たまに教室の隅で巣を作るらしい。
 ちょっとどこから突っ込んだらいいか分からない。
 
「彼って癒し系よね」
「いやいや、おかしいでしょ。騎竜を目指す空戦科の竜が癒し系って」
 
 聞けば聞くほど訳が分からなくなる生徒だと、イヴは思った。