光の矢は、味方の竜を拘束する触手に突き刺さった。
 紅い火花が飛び散る。
 無害で美しい光は、イヴの与えた攻撃の結果を照らし出した。
 触手が一気にブチブチと裁断され、はじけ飛ぶ。
 
「やった!」
 
 イヴは軽くガッツポーズを取った。
 味方の竜は、残りの触手を引きちぎって上昇していく。
 
『くっ!』
 
 軽快に動いていた蒼い竜がバランスを崩す。
 足元を見下ろすと、複数の触手が絡みついていた。
 イヴの魔術に合わせて一瞬停止していた隙を狙われたのだ。
 足に絡みついた触手を振り払い、カケルは飛翔を続けようとする。
 しかし触手は次々に絡みつき、だんだん身動きが取れなくなっていく。
 
『イヴ、いざとなったら俺は構わずに脱出して』
「何いってるのよ!」
『上空で先生の竜が待ってる。イヴだけでも引き上げてもらおう』
 
 見上げると、先ほど脱出した味方の竜が上空で旋回しながら、こちらの様子を伺っている。
 イヴとカケルが脱出するのを待ってくれているのだ。
 
『俺は竜族だから。いざとなれば一人でも何とかなる』
 
 カケルは、イヴを包み込むように蒼い翼を立て気味に広げた。
 時折、搭乗者を狙ってくる触手を翼で遮断し、長い竜の尻尾で叩き落としている。
 
「嫌よ! 絶対に嫌! 私は自分一人だけ逃げないんだから!」
 
 イヴは竜の首にしがみついた。
 カケルが困惑する気配がした。
 構わずに叫ぶ。
 
「一人で大丈夫なんて言わないでよ! 竜と竜騎士は、一人で戦えないからパートナーを組むんでしょ!」
『!!』
 
 カケルがはっと何かに気付いたように息を飲んだ。
 その時、竜の足元で爆音が起きる。
 
「――爆破《クラック》」
 
 上級者向けの設置型魔術。遠隔地に座標を指定して、時間差で攻撃を仕掛ける高度な魔術だ。
 足元の触手の力が緩んだ瞬間、カケルは思いきり加速して飛び上がった。
 
「きゃっ」
 
 イヴはちょうど首筋にしがみついていたので、振り落とされずに済んだ。
 
『ロンド兄! オルト、リリーナ!』
 
 少し離れた崖の上を並走する、黄金の獅子。
 獅子の上にはロンドとリリーナが乗っている。
 先ほどの爆破の魔術は、ロンドが放ったものらしい。
 
『よお、寝坊助! 目は覚めたかよ?!』
『すっごい豪快な目覚ましだったね。俺たちがピンチだってどうして分かったの?』
『馬鹿女が戻ってこねえから、無駄な正義感に駆られて窮地に飛び込むんじゃねえかって、ロンド先輩が予想して追いかけることにしたんだよ』
 
 イヴの頭に響く、念話による雑談。
 竜の姿のカケルと、獅子の姿のオルタナの、気の置けないやりとりだ。
 確かにロンドたちの助けに入るタイミングは絶妙だったと、イヴも思った。
 どうやらイヴがいないことに気付いたロンドたちは、すぐに後を追う決断をしたらしい。結果的にロンドの予想は大当たりだった訳で、イヴとしては複雑な気分だった。
 
『オルトの変身した姿って、初めて見た気がする』
『それはお互いさまだろ。おい、飛び乗るからこっちに寄せろ』
 
 蒼い竜は触手を避けながら低空に寄せ、黄金の獅子の近くを飛行する。
 タイミングを見計らい、獅子は竜の背中に飛び乗ってきた。
 
「着地っと」
 
 竜の背中に着地しざま、オルタナは人間の姿に戻った。獅子の爪で竜を傷つけないためだろう。
 ロンドは「荒っぽいな」と嘆きながら、必死に竜の背の突起部をつかむ。

「はあ、はあ……」
「リリーナ、大丈夫?!」
 
 イヴは慌てて、親友のリリーナを抱き留めた。
 リリーナは乱れた息を必死で整えている。
 鞍も付けていない竜の背中は凹凸が激しく、背筋の突起をつかんでいないと振り落とされそうになる。竜騎士候補として竜に乗る訓練を積んだイヴやロンド、バランス感覚の良い獣人のオルタナは平気のようだが、普通の人間であるリリーナは乗るだけで精一杯だ。
  
『みんな乗った? それじゃー、このまま学校に帰ろう。あー、疲れた。お昼寝お昼寝』
 
 カケルはゆっくり体をひねり、上空で待っていた竜と一緒に飛び始めた。
 緊迫感のない台詞にイヴは思わず笑みをこぼす。
 
「そうね、今回は本当に疲れたわ……」
 
 ワームの出現から今にいたるまで、ハプニングの連続だった。
 
「イヴ、どうだった?」
 
 ようやく落ち着いたらしいリリーナが、微笑みながらイヴに問いかけてくる。
 何のことを聞かれているのか分からずに、イヴはきょとんとした。
 リリーナは言い直した。
 
「カケルくんと空を飛んで、どうだった?」
  
 イヴは、そういえば同級生の竜の背に乗ったのは初めてだったと、今更ながら気付いた。
 蒼い竜の動きは軽やかで、まるで風と一緒になったようだった。
 
「……悪くなかった、かも」
 
 カケルに聞こえないかしら、と思いながらボソボソ言うと、リリーナは蕾がほころぶように笑顔になった。
 
「良かったね、イヴ」