風に乗って白い花びらが、くるくると開いた窓に飛び込む。
部屋の中では、落ち着いた物腰の女性教師と、十代の年頃の女子生徒が共同で書類を仕分けている。机の上に着地した花びらを、少女は作業中にそっと拾い上げ、スカートの内ポケットに忍ばせた。
少女の名前はイヴ・アラクサラ。
レグルス王立学校の三年生だ。
「手伝って貰って悪いね、イヴ君」
「いえ……」
教師に謝られて、イヴは軽く頭を振る。
動作に合わせ、光を束ねたようなストロベリーブロンドの長髪が揺れた。
彼女は腰まで届く見事な金髪をしている。健康的な小麦色の肌に濃い空色の瞳。すらりと締まった手足。意志の強そうなきつめの顔立ちだが、それは彼女の美しさを損なう程ではない。
ちょうどエファランの王都にあるこの学校では、学生の進路調査の真っ最中。イヴは教師を手伝って、進路調査の回答用紙を仕分けているところだった。
「イヴくんは竜騎士志望かい?」
「はい」
「そうか。ご家族から反対されなかったか? 君のうちは、魔術師の名門アラクサラ家だろう。やはり長女は魔術師になってもらいたいのでは」
「両親は私を応援してくれていますから」
イヴは、堂々と嘘を言って綺麗に微笑んだ。
母親はともかく、父親は説得できていない。
だが、いずれは応援してくれるようになる予定だ。
担任の教師は、長い金髪を頭の上に結い上げ、眼鏡を掛けた女性だ。
彼女は苦笑しながら続ける。
「竜騎士は、危険な職業だ。討伐任務はどんな低級ワームだったとしても、常に死の危険がつきまとう」
この国、エファランは平和な国だが、辺境には「ワーム」というモンスターの一種が棲息している。また、敵対している国もない訳ではない。
竜騎士は戦争やワーム討伐に参加する危険な職業だが、命を張って皆を守る勇気を讃え、エファランでは名誉な仕事と目されている。
「覚悟の上です」
イヴはきっぱり答える。
教師は苦笑を深めた。まだ本当の危険を知らない子供が、想像だけで物を言っていると思われたかもしれない。
「竜騎士になるなら、学生の間に竜を選ばなければならない。その点、君は不利だ。代々、竜騎士の家は、竜の血統を身内に抱え込んでいるからね。災害級のワームに対抗できる特権竜は、既に予約済みになっている……」
イヴは貴族の出身とは言え、実家は先祖代々魔術師の家系だ。
パートナーを組んでくれる竜にあてがある訳ではなかった。
教師に「もう目星を付けているかい?」と聞かれ、イヴは「まだ……」と浮かない顔で答える。
「君は、成績優秀でその美貌、女性ときている。普通なら引く手あまただが、いかんせん度を越えて優秀過ぎ綺麗過ぎ……要は高嶺の花だ」
「ギクッ」
「もう少し隙を見せても良いんじゃないか」
「す、隙って何ですか?! この完璧な私に、これ以上どんな努力をしろと?!」
イヴは教師の言葉に混乱する。
そういうところだよ、と教師は思ったが、指摘は胸の内にとどめた。
「おや……?」
そして、一枚の回答用紙を手に動きを止める。
「どうしたんですか?」
イヴは、教師の手元をのぞきこんだ。
進路:ひるねがしたいです
種族:竜
……ん?
イヴは思わず目をこすって二度見した。
誰だ、こんなふざけた事を書いた奴は。昼寝の文字は単語ではなく、音読文字になっている。まるで幼稚園児が書いた平仮名のよう。
「何コイツ……」
「……ああ、これはカケル・サーフェス君の進路希望だな。相変わらず彼は面白い」
「サーフェス?」
このふざけた進路希望を書いた奴はカケル・サーフェスと言うらしい。
女性教師は楽しそうに用紙を指で弾いた。
「彼は竜だ。ちょうどいいじゃないか、イヴ君。彼をパートナー候補にしてみたら」
「こんなふざけた相手は御免です。カケル・サーフェス? 聞いたこと無いですが、成績の順位はどのくらいなんですか?」
「下から数えた方が早いくらいさ」
論外だとイヴは眉ねをしかめる。
だが教師はニヤリと笑んだ。
「諺には、能ある竜は爪を隠すという言葉がある。この一見阿呆な彼が、実はとんでもない力を秘めていたらどうだい?」
「諺はともかく、現実世界で能力を隠して良いことがあるんですか? 優秀な方が得をすることの方が多いと思うんですけど」
イヴの突っ込みに、教師はさらりと答えた。
「確かにそうだ。まあ、私が言いたかったのは先入観は良くないということだよ。一回話してみたらどうだい。意外と気が合うかもしれない」
「そうでしょうか……」
カーテンを透かして窓の外を眺める。
校庭を学生たちが行き交いしている様が見える。あの中に、カケルという少年もいるのだろうか。
この世界では、人は竜となり空を飛ぶ。
伝説に曰く……。
イヴたちの祖先は宇宙《そら》飛ぶ船に乗り、苦難の旅路の果てに、この星に辿り着いた。
しかし、彼らの見つけた新天地は、強力な力を持つ「竜」に支配されていた。
大気には毒素が混じり、荒れ果てた大地には危険な怪物も棲息している。それゆえ鋼の鱗を持つ竜が、星の覇者として君臨していたのだ。
生きる場所を求め、人は竜と話し合った。
やがて、人と竜は交わり子を為すようになる。
長い年月を経て彼らの子孫には、竜に変身できる人間が生まれるようになった。
ゆえに……この世界では人は竜となり、自由自在に空を飛ぶ。
エファランは竜と人が共存する国だ。
普段は人間の姿をしている竜族は、イヴと同じように学校に通い、学生時代を謳歌している。卒業後は、竜族という種族の特性を活かし、竜騎士と組んで戦いに赴く者、運搬業を営む者、人間と結婚して人間と同じ職に就く者、それぞれ進路を選んで生きていく。
目下のところイヴのミッションは、同じ学校に通う竜族の生徒の中から、竜騎士のパートナーになってくれる強くて勇敢な竜を選び、口説き落とすことだった。
傍目から見れば、何の不自由も無いお嬢様に見えるイヴだが、パートナー探しは難航していた。
その理由が、自身の"竜の止まり木よりも高い"プライドであることに、彼女はまだ気付いていなかった。
部屋の中では、落ち着いた物腰の女性教師と、十代の年頃の女子生徒が共同で書類を仕分けている。机の上に着地した花びらを、少女は作業中にそっと拾い上げ、スカートの内ポケットに忍ばせた。
少女の名前はイヴ・アラクサラ。
レグルス王立学校の三年生だ。
「手伝って貰って悪いね、イヴ君」
「いえ……」
教師に謝られて、イヴは軽く頭を振る。
動作に合わせ、光を束ねたようなストロベリーブロンドの長髪が揺れた。
彼女は腰まで届く見事な金髪をしている。健康的な小麦色の肌に濃い空色の瞳。すらりと締まった手足。意志の強そうなきつめの顔立ちだが、それは彼女の美しさを損なう程ではない。
ちょうどエファランの王都にあるこの学校では、学生の進路調査の真っ最中。イヴは教師を手伝って、進路調査の回答用紙を仕分けているところだった。
「イヴくんは竜騎士志望かい?」
「はい」
「そうか。ご家族から反対されなかったか? 君のうちは、魔術師の名門アラクサラ家だろう。やはり長女は魔術師になってもらいたいのでは」
「両親は私を応援してくれていますから」
イヴは、堂々と嘘を言って綺麗に微笑んだ。
母親はともかく、父親は説得できていない。
だが、いずれは応援してくれるようになる予定だ。
担任の教師は、長い金髪を頭の上に結い上げ、眼鏡を掛けた女性だ。
彼女は苦笑しながら続ける。
「竜騎士は、危険な職業だ。討伐任務はどんな低級ワームだったとしても、常に死の危険がつきまとう」
この国、エファランは平和な国だが、辺境には「ワーム」というモンスターの一種が棲息している。また、敵対している国もない訳ではない。
竜騎士は戦争やワーム討伐に参加する危険な職業だが、命を張って皆を守る勇気を讃え、エファランでは名誉な仕事と目されている。
「覚悟の上です」
イヴはきっぱり答える。
教師は苦笑を深めた。まだ本当の危険を知らない子供が、想像だけで物を言っていると思われたかもしれない。
「竜騎士になるなら、学生の間に竜を選ばなければならない。その点、君は不利だ。代々、竜騎士の家は、竜の血統を身内に抱え込んでいるからね。災害級のワームに対抗できる特権竜は、既に予約済みになっている……」
イヴは貴族の出身とは言え、実家は先祖代々魔術師の家系だ。
パートナーを組んでくれる竜にあてがある訳ではなかった。
教師に「もう目星を付けているかい?」と聞かれ、イヴは「まだ……」と浮かない顔で答える。
「君は、成績優秀でその美貌、女性ときている。普通なら引く手あまただが、いかんせん度を越えて優秀過ぎ綺麗過ぎ……要は高嶺の花だ」
「ギクッ」
「もう少し隙を見せても良いんじゃないか」
「す、隙って何ですか?! この完璧な私に、これ以上どんな努力をしろと?!」
イヴは教師の言葉に混乱する。
そういうところだよ、と教師は思ったが、指摘は胸の内にとどめた。
「おや……?」
そして、一枚の回答用紙を手に動きを止める。
「どうしたんですか?」
イヴは、教師の手元をのぞきこんだ。
進路:ひるねがしたいです
種族:竜
……ん?
イヴは思わず目をこすって二度見した。
誰だ、こんなふざけた事を書いた奴は。昼寝の文字は単語ではなく、音読文字になっている。まるで幼稚園児が書いた平仮名のよう。
「何コイツ……」
「……ああ、これはカケル・サーフェス君の進路希望だな。相変わらず彼は面白い」
「サーフェス?」
このふざけた進路希望を書いた奴はカケル・サーフェスと言うらしい。
女性教師は楽しそうに用紙を指で弾いた。
「彼は竜だ。ちょうどいいじゃないか、イヴ君。彼をパートナー候補にしてみたら」
「こんなふざけた相手は御免です。カケル・サーフェス? 聞いたこと無いですが、成績の順位はどのくらいなんですか?」
「下から数えた方が早いくらいさ」
論外だとイヴは眉ねをしかめる。
だが教師はニヤリと笑んだ。
「諺には、能ある竜は爪を隠すという言葉がある。この一見阿呆な彼が、実はとんでもない力を秘めていたらどうだい?」
「諺はともかく、現実世界で能力を隠して良いことがあるんですか? 優秀な方が得をすることの方が多いと思うんですけど」
イヴの突っ込みに、教師はさらりと答えた。
「確かにそうだ。まあ、私が言いたかったのは先入観は良くないということだよ。一回話してみたらどうだい。意外と気が合うかもしれない」
「そうでしょうか……」
カーテンを透かして窓の外を眺める。
校庭を学生たちが行き交いしている様が見える。あの中に、カケルという少年もいるのだろうか。
この世界では、人は竜となり空を飛ぶ。
伝説に曰く……。
イヴたちの祖先は宇宙《そら》飛ぶ船に乗り、苦難の旅路の果てに、この星に辿り着いた。
しかし、彼らの見つけた新天地は、強力な力を持つ「竜」に支配されていた。
大気には毒素が混じり、荒れ果てた大地には危険な怪物も棲息している。それゆえ鋼の鱗を持つ竜が、星の覇者として君臨していたのだ。
生きる場所を求め、人は竜と話し合った。
やがて、人と竜は交わり子を為すようになる。
長い年月を経て彼らの子孫には、竜に変身できる人間が生まれるようになった。
ゆえに……この世界では人は竜となり、自由自在に空を飛ぶ。
エファランは竜と人が共存する国だ。
普段は人間の姿をしている竜族は、イヴと同じように学校に通い、学生時代を謳歌している。卒業後は、竜族という種族の特性を活かし、竜騎士と組んで戦いに赴く者、運搬業を営む者、人間と結婚して人間と同じ職に就く者、それぞれ進路を選んで生きていく。
目下のところイヴのミッションは、同じ学校に通う竜族の生徒の中から、竜騎士のパートナーになってくれる強くて勇敢な竜を選び、口説き落とすことだった。
傍目から見れば、何の不自由も無いお嬢様に見えるイヴだが、パートナー探しは難航していた。
その理由が、自身の"竜の止まり木よりも高い"プライドであることに、彼女はまだ気付いていなかった。