いよいよ、待ちに待った放課後がやってきた。
すぐに秘密の場所に行こうとすると、さっそく朋君に捕まった。
「おい、今日という日は一緒に帰るぞ!」
極悪人のような表情で言われても、見慣れた顔だから全然怖くない。
「今度で!」
「いや、そしたら十年かかる!」
「えー、そんなことないよ」
「……言いたいことがあんだよ」
「えー、なに?」
「ここじゃ言えない大切な話。だから一緒に帰ろうって誘ってんじゃねえか!」
「明日じゃだめなの?」
「ずっと言いたかったことなんだよ。心春、ここんとこ毎日そそくさと帰ってるから、今日こそいいだろ」
「……ご、ごめん! 明日必ず一緒に帰るから!」
ダッシュで朋君から逃げる。
「あ、待てよ!」
朋君は家も近所で学校と同じだからいつでも会える。だけど、おじさんは今日もあそこにいるとは限らない。ほぼ毎日いるけれど、いない日もいるし、スランプが治ってもう二度と現れないかもしれない。
とりあえず今日はどうしても、時田君がおばけじゃなかったことを話したかった。どうしてか知らないけれど、話したかった。
全速力でホテルの庭にたどり着き、ローファーを思い切り地面に食い込ませてブレーキする。薔薇のつるを踏んで、花びらがちらちらと散った。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
「息切らしてどうしたの。今日はすごくワイルドな登場だね」
「お、おじさん……! おさ、幼馴染から逃げてきたんです」
「幼馴染?」
呆気にとられていたおじさんを尻目に、ハァハァ言いながらスクールバッグに入れていたペットボトルのお茶を飲む。しばらくすると正常な呼吸ができるようになったので、彼の隣に腰掛けた。
「幼馴染から、一緒に帰ろうと誘われて、大切な話があるからって……それで、逃げてきたんです」
「どうして逃げたの?」
「おじさんに、話したいことがあって……。時田君、実在するみたい……。前に聞いた友達が、今日時田君の写真送ってくれて、顔が一致しました」
「ああ……そうなんだ。おばけじゃなくてよかったね」
「はい!」
「じゃあ彼は、名実ともに人間になったんだね」
「……え?」
どういう意味かわからなくて首を傾げると、おじさんは嬉しそうに微笑んでいた。
「同じ学年の人から覚えられていないなんて、まるで本当におばけみたいじゃないか。今回心春ちゃんが時田君の存在を知って探したことで、君の友達も時田君の存在を知った。知名度ゼロから2になったんじゃないか?」
「ああ、確かに!」
おじさんのものの見方は、他の人と違ってなんだか面白い。
「でもだめだよ」
「え?」
急におじさんの顔つきと声色が真剣なものとなった。大人がよくする表情だ。初めて見るその姿に、自然と身構えてしまう。
「幼馴染から大切な話があるって言われてるのに、それを断ってまで、こんなおじさんのところに来るのはよくないよ」
怒られているというよりは説教されているように感じるのは、年齢差のせいだろうか。
「だって、朋君……幼馴染とは、いつでも会えるから。おじさんは、今日も明日もこの先も、ずっとここにいる保証なんてないし」
私の言葉を聞いたおじさんは、あっけにとられたような顔をした。それから頭をぽりぽり掻いて、首を横に振った。
「あのね、それは朋君も一緒でしょ。いくら今までずっと一緒に過ごしてきた幼馴染っていったって、明日も会える保証はどこにもない。突然転校するかもしれない。事故に遭うかもしれない。記憶喪失になるかもしれない。災害が起きるかもしれない。それは僕も朋君も同じだよね?」
「……でも」
おじさんは微笑みを浮かべた。優しい表情なのに、有無を言わせない力強さもある。そして自分の顎を押さえ、無精ひげのあたりを撫でた。
「だったら、朋君を優先すべきだ。……僕より朋君とのほうが長い付き合いなんだから、積み重ねてきた関係の分、失ったときの後悔が大きいよ。あのとき彼が何を話そうとしていたんだろうっていう問いが、永遠に残されたままになる可能性だってある。まだ心春ちゃんは若いんだから、僕とずっと会えなくなっても大した傷にはならないよ」
「……はい」
「ごめんね。でも真っ先に会いに来てくれてうれしかった」
おじさんは白い歯をのぞかせて、目尻にしわを寄せて「あはは」と笑った。それを見ると、なんだか胸が苦しくなった。
私の人生に、おじさんの存在を介入させたくないみたい。