「そういうこと今までしたことないから、興味ないと言ったら嘘になるけど……積極的に、したいとも思わないなあ」

 私だって別に、結婚するまで清い体で、なんて思っているわけじゃない。そういう雰囲気になれば、それはそれ、と思ってはいるけれど、上坂のはどう考えてもその機会ではないような気がする。


「じゃあ、やめた方がいいと思う」

「そう?」

「うん。遊びでそういうことする人も多いけど、私、美希ちゃんにはそういうことしてほしくない。本当に好きな人として、幸せな行為だって思って欲しい」

「幸せ……?」

「そうよ。好きな人と肌を合わせるって、とても幸せなことだと、私は思うわ」

「好きじゃなかったら、気持ちよくなれない?」

 莉奈さんは、洗い物の手を止めてまっすぐに私を見た。


「体だけなら、理屈で言えば気持よくなるんじゃないかな。だけど……心から信頼してない人としても、あの満足感や幸福感が得られるとは思えない。私は拓巳以外としたことないから、はっきりと断言はできないけど。それよりも、美希ちゃんの気持ちを無視して自分のためにそういうことしようとする人は、そもそもつきあう人としてどうかと思うわ」

「あー……」

 莉奈さんは、少し声をひそめて続けた。


「それに、気持ちいいとか幸せとか、いい事ばかりでもないのよ? 女の子の体には、どうしたって負担がかかることだもの。妊娠や、場合によっては病気のリスクだって、考えなきゃいけない。ちゃんとそういうこと考えてくれる人……美希ちゃんのこと大切に思ってくれる人じゃないと、私は賛成できないわ」

「そっかああ」

 あいつ、避妊とかちゃんとしてくれんのかな。慣れてそうだけど、そういうことって、事前に確認しておいたほうがいいのかしら。

 いや、やるつもりはないけど。万が一……ってことも、ないか。

「莉奈さんは、ちゃんと避妊してるの?」

「も、もちろんよ」

 そう言って目をそらす。

「参考までに、どんな方法か聞いてもいい?」

 それでも聞くと、莉奈さんは困ったように振り向いた。その顔はほんのりと桜色にそまってて、女の私から見ても色っぽい。


「えとね」 

 莉奈さんはこそこそと顔を近づけて教えてくれた。それは、莉奈さんの体の周期を確実に把握して、なおかつ拓兄もアレをつけるというものだった。

 自分から聞いといてなんだけど、身内のそういう話を聞くのって、なんだか生々しいな。

「入れる前からつけないと、避妊にならないからね。それでも、リスクは0じゃないの。拓巳は、ちゃんとそれをわかってくれてる。私のこと、とても大事にしてくれているわ」

 きっぱりと言い切る莉奈さんに、無意識のうちに私は微笑んでいた。


「拓兄のこと、本当に好きなんだね」

「好きよ。大好き」

 そう言って莉奈さんも、幸せそうに嬉しそうに笑った。その笑顔は、とても綺麗だ。

 好き、か。

 あんな兄貴でも、そんな風に言ってもらえるのは嬉しい。五人兄弟の長兄ということで、幼いころから拓兄には、いろいろ面倒をかけてきた。両親がろくに家にいない私たちにとって、拓兄は父であり母である大切な人だ。その拓兄の彼女(おそらく、いずれは奥さんになるんだろうけれど)が莉奈さんみたいな人で、本当によかった。

 そんな二人と比べたら、私と上坂なんて、足元にも及ばない関係だよねえ。

 幸せな恋人の典型を目の前にして、私は小さくため息をついた。