「上坂」

「ん?」

「……私は、とっくに上坂のものだよ。高校の時から、今も、この瞬間も」

 上坂が目を見開いた。



 頬が熱い。でも、今言うべきことが、ある。

 ずっとずっと、上坂に言いたかったこと。


「上坂が、好き。上坂に似合う女性になれたかどうかはわからないけど……私なりに、頑張ってみたつもり。もとがもとだからモデルさんみたいにはなれないのは勘弁して? けど、あの頃より、少しはかわいく……なれたかな、って……」

 言いながら俯いてしまった私の頬を、上坂の両手が包む。大きな手は、高校の頃と変わらない。その手が、ゆっくりと私の顔を上げさせた。

「綺麗だよ」

 上坂は、はんなりと微笑んで、私と額を合わせる。


「高校の時よりもっと、綺麗になった。さっき、店を出て振り向いた美希を見た時、あんまり綺麗になっていたから心臓が止まるかと思ったよ。その髪も、このやわらかい頬も、抱き心地のいい身体も……全部、俺のもの?」

「頭のてっぺんから足の先まで、みんな上坂のものだよ。だから」

 すこしだけ、お化粧を覚えた。スカートもはくようになった。上坂が綺麗だと言ってくれた髪は、長くのばしたままちゃんと手入れをしてきた。いまだにめがねだけは変わらないけれど。

 私の全部で、上坂を待っていた。


「上坂も、私だけのものになって」

「美希……」

 ふ、と目を細めた上坂に、私が目を閉じようとした時だった。


♪~


 手に持っていた私の携帯が鳴った。反射的に目をやると、冴子からだった。そういえば、何も言わないで店出てきちゃった。

「ごめん、冴子だわ」

 見れば、上坂は不満そうにふくれっ面をしてた。その顔に心の中で謝りながら、通話ボタンを押す。


「もしもし?」

『あんた、いまどこよ』

「外だけど、店の近くにいる」

『上坂と一緒?』

「……うん」

『じゃ、あんたは二次会、不参加にしておく。今、みんなで移動を始めたとこよ』

「そうなんだ。あ、まだ仁田って、いる?」

『仁田? えーと……あ、いた』

「ちょっと、代わってくれる?」

 がざごそと音がして、携帯から太い声が聞こえた。


『梶原? お前、どこいってんだよ。おい、これからカラオケ行くぞ!』

「ごめんね、仁田」

『あ?』

「私、好きな人がいるの。だから、仁田とはつきあえない」

 ふわり、と上坂が背中から腰に手を回して私を抱きしめた。

『……そっか。気まずいこと言わせちまって、悪かったな。けどこれですっきりした。俺、高校の頃から、お前のこと好きだったから』

「え?! そうなの?!」

『今でも忘れられなかったから、あわよくば……って思ってたけど、ま、こればっかりはしゃーないわな』

 混乱する私に、じゃあな、とあっさり言って、仁田は冴子に代わった。


『荷物、どうする?』

 今のやりとりを聞いただろうに、冴子は全く変わらない調子で言った。

 そういえば、バッグ置きっぱなしだったな。

「これからそっち戻るから……」

「小野さん、悪いけど持ってて。そのうち取りにいかせる」

 私の携帯を奪った上坂が、勝手に話し始める。

「ちょっと、何を……」

『了解。……上坂』

「はい?」

『美希、いじらしいくらいに、あんたしか見てなかった。泣かしたらぶっ殺す』

「……わかった。ありがとう」

 なにやら話をつけると、上坂は、ぴ、と通話を終了する。


「何がわかったのよ」

「ん? 小野さんも、美希のこと大好きだってこと」

 私に携帯を返しながら、上坂は笑った。

「せっかく二人きりなのに、邪魔されたくないじゃん。というか、お前を狙っているような輩がいる場所に、わざわざ戻ることねーよ。帰りは俺が送ってく」

「え……もう、帰るの?」

 せっかく、会えたのに。

 私は、とっさに上坂を見上げる。

 まだ一緒にいたい、って言ったら、ずうずうしいって思われるかな。でも……もう少しだけ。