ぴろりん。
バッグの中で、軽い音がした。誰だろ。
カフェでコーヒーを飲んでいた私が携帯を取り出すと、ラインが入っていた。
『今夜、暇?』
シンプルなメッセージに、私もシンプルに返信をする。
『同級会』
『高校の?』
『そう』
『なら、明日は暇?』
私は一つため息をついた。
『死ぬまで忙しい』
すると、爆笑しているスタンプが返ってきた。
『わかった。誘うのは諦めるから後ろ向いて』
後ろ?
反射的に振り向くと、カフェの入り口で岡崎さんが手を振っていた。
「姿が見えたから。ご一緒していい?」
「ごゆっくり。私、もう帰るとこだから」
私が立とうとすると、さ、と岡崎さんが一冊の雑誌をテーブルの上に出す。
「明日発売の最新号。チェックしていかない?」
「……」
浮かしかけた腰をまた椅子に戻すと、岡崎さんはくく、と笑った。
「正直でよろしい」
自分の分のパスタプレートをテーブルに置くと、岡崎さんは私の正面に座る。私は、ちらりとそのプレートに視線を流した。時間は、午後4時を過ぎている。
「おやつにしちゃ、重いわね。それとも夕飯?」
「とりあえず、昼飯、かな。先生の話が長引いちゃって食べ損ねた。夏休み中だっつーのに呼び出されたと思ったら、実習の後片付け手伝えってさ」
「それは、お疲れ様」
「大槻先生、話が長いんだよ……それはともかく、それ、付箋のついたとこ、見てみて」
言われて、岡崎さんの持ってきたファッション誌を開いてみると、綺麗なお姉さんたちがいろんなポーズで格好をつけている。まだ夏真っ盛りなのに、もうファッションは秋物なのね。見ているだけで暑苦しい。
「どれだか、わかる?」
私は無言で、一人のお姉さんを指さした。
「お見事」
フォークを口にくわえて、岡崎さんはぱちぱちと拍手をする。
「お行儀悪いわよ」
「硬いこと言うなって。こっちはせっかく一人暮らし始めて、ようやく自由を手に入れたんだから」
岡崎さんが大学近くのマンションで一人暮らしを始めたのは、夏休みに入ってからのことだ。
「ちゃんとご飯食べてるの?」
つい私が口に出すと、岡崎さんは目を丸くしてからくしゃりと笑った。
「食べてない、って言ったら、美希、作りに来てくれる?」
「餓死してれば?」
「おいおい、それが医療従事者の言葉かよ」
「医者の不養生」
「まだ学生だからいいんだよ」
そう言って岡崎さんは、パスタの続きを片付けにかかる。その間に私は、そのファッション誌をパラパラめくった。
うん、だんだん、仕事増えてきているみたい。岡崎さんに教えてもらうまでもなく、私はいくつかそれを見つけることができた。
パスタを食べ終わった岡崎さんが、コーヒーを飲みながら聞いた。
「誰かと待ち合わせしてた?」
「ここじゃないけどね。冴子と待ち合わせしてるんだけど、ちょっと早く出ちゃったから時間つぶしてた」
「蓮は一緒じゃないの?」
一瞬だけ、ページをめくる手が止まる。ほんの一瞬だけ。
「上坂とは、クラス違ったもの」
「相変わらず、連絡なしかよ」
その言葉には、私は答えなかった。
私は、高校を卒業してから4度目の夏を過ごしていた。その間、私は一度も上坂とは連絡をとっていない。そんな私にそれとなく上坂の様子を知らせてくれるのは、私と同じ大学の医学部に通う岡崎さんだ。国立受けるとは知ってたけど、まさか、岡崎さんと同じ大学に通うことになるとは思わなかった。
岡崎さんは、たまに上坂と会っているらしい。けれど私は、上坂に当ててメッセージを頼むことはしなかった。向こうから来たこともないから、きっと上坂も同じように考えているんだろう。
ただ、話のついでに、という振りを装って相手の状況を耳にするだけ。岡崎さんもそのことについては何も言わなかった。
「ま、その方がいいけどね」
「なんで」
「その間に、俺が美希を口説くから」
「橋本研究室の助手」
とたんに、ぎくりと岡崎さんが肩を揺らすのが分かった。
「な、なんで知ってんだよ?」
「うちの研究室の子が、お友達だったのよ。大変だったみたいね」
岡崎さんは、うなりながら頭を抱えた。その姿に、少し同情する。
バッグの中で、軽い音がした。誰だろ。
カフェでコーヒーを飲んでいた私が携帯を取り出すと、ラインが入っていた。
『今夜、暇?』
シンプルなメッセージに、私もシンプルに返信をする。
『同級会』
『高校の?』
『そう』
『なら、明日は暇?』
私は一つため息をついた。
『死ぬまで忙しい』
すると、爆笑しているスタンプが返ってきた。
『わかった。誘うのは諦めるから後ろ向いて』
後ろ?
反射的に振り向くと、カフェの入り口で岡崎さんが手を振っていた。
「姿が見えたから。ご一緒していい?」
「ごゆっくり。私、もう帰るとこだから」
私が立とうとすると、さ、と岡崎さんが一冊の雑誌をテーブルの上に出す。
「明日発売の最新号。チェックしていかない?」
「……」
浮かしかけた腰をまた椅子に戻すと、岡崎さんはくく、と笑った。
「正直でよろしい」
自分の分のパスタプレートをテーブルに置くと、岡崎さんは私の正面に座る。私は、ちらりとそのプレートに視線を流した。時間は、午後4時を過ぎている。
「おやつにしちゃ、重いわね。それとも夕飯?」
「とりあえず、昼飯、かな。先生の話が長引いちゃって食べ損ねた。夏休み中だっつーのに呼び出されたと思ったら、実習の後片付け手伝えってさ」
「それは、お疲れ様」
「大槻先生、話が長いんだよ……それはともかく、それ、付箋のついたとこ、見てみて」
言われて、岡崎さんの持ってきたファッション誌を開いてみると、綺麗なお姉さんたちがいろんなポーズで格好をつけている。まだ夏真っ盛りなのに、もうファッションは秋物なのね。見ているだけで暑苦しい。
「どれだか、わかる?」
私は無言で、一人のお姉さんを指さした。
「お見事」
フォークを口にくわえて、岡崎さんはぱちぱちと拍手をする。
「お行儀悪いわよ」
「硬いこと言うなって。こっちはせっかく一人暮らし始めて、ようやく自由を手に入れたんだから」
岡崎さんが大学近くのマンションで一人暮らしを始めたのは、夏休みに入ってからのことだ。
「ちゃんとご飯食べてるの?」
つい私が口に出すと、岡崎さんは目を丸くしてからくしゃりと笑った。
「食べてない、って言ったら、美希、作りに来てくれる?」
「餓死してれば?」
「おいおい、それが医療従事者の言葉かよ」
「医者の不養生」
「まだ学生だからいいんだよ」
そう言って岡崎さんは、パスタの続きを片付けにかかる。その間に私は、そのファッション誌をパラパラめくった。
うん、だんだん、仕事増えてきているみたい。岡崎さんに教えてもらうまでもなく、私はいくつかそれを見つけることができた。
パスタを食べ終わった岡崎さんが、コーヒーを飲みながら聞いた。
「誰かと待ち合わせしてた?」
「ここじゃないけどね。冴子と待ち合わせしてるんだけど、ちょっと早く出ちゃったから時間つぶしてた」
「蓮は一緒じゃないの?」
一瞬だけ、ページをめくる手が止まる。ほんの一瞬だけ。
「上坂とは、クラス違ったもの」
「相変わらず、連絡なしかよ」
その言葉には、私は答えなかった。
私は、高校を卒業してから4度目の夏を過ごしていた。その間、私は一度も上坂とは連絡をとっていない。そんな私にそれとなく上坂の様子を知らせてくれるのは、私と同じ大学の医学部に通う岡崎さんだ。国立受けるとは知ってたけど、まさか、岡崎さんと同じ大学に通うことになるとは思わなかった。
岡崎さんは、たまに上坂と会っているらしい。けれど私は、上坂に当ててメッセージを頼むことはしなかった。向こうから来たこともないから、きっと上坂も同じように考えているんだろう。
ただ、話のついでに、という振りを装って相手の状況を耳にするだけ。岡崎さんもそのことについては何も言わなかった。
「ま、その方がいいけどね」
「なんで」
「その間に、俺が美希を口説くから」
「橋本研究室の助手」
とたんに、ぎくりと岡崎さんが肩を揺らすのが分かった。
「な、なんで知ってんだよ?」
「うちの研究室の子が、お友達だったのよ。大変だったみたいね」
岡崎さんは、うなりながら頭を抱えた。その姿に、少し同情する。