「いいよ。つか、ここは俺がおごるのが普通じゃないの?」

「なんで?」

「だって、誘ったの俺だし……」

「半日こっちにつきあわせたうえに、なおかつおごらせるだなんて、私、そこまで人でなしじゃないわよ」

 なぜだか戸惑うような顔をしていた上坂は、ふいに満面の笑みになった。

「なら、つきあってほしいとこがあるんだけど」

「いいわよ。どこ?」

「とりあえず、何か食べようか。あ、おごりでなくてもいいから」

 やけにご機嫌になった上坂について、私は図書館を後にした。

  ☆

「は?」

 食事はおいしかった。気軽な感じのイタリアンで、パスタを食べて、結局おごるおごらないでひともめした後折半して……いや、それはともかく。

 レストランを出た私に、上坂はまたもや爆弾発言を落とした。


「なんですって?」

「だから、お腹もいっぱいになったしホテル行こうって」

 聞き直して言い直されても、上坂が何を言ってるのかわからない。

「ホ……テル?」

「うん」

「……で、何するの?」

「いやん、美希ちゃんたらダ・イ・タ・ン。ホテルで男と女がすることって言ったら、一つしかないでしょ?」

 フル回転した脳みそで、その言葉の導く意味をなんとか引き出す。

 つまり……ひねりもなにもなく、そういうこと、だよね。


「……何言ってんの?」

「楽しいことしようって、言ってんの♪」

「ばかじゃないの? 第一、私まだあんたのこと何も知らないし……」

「だから、知ってもらうんでしょ?」

 ふいに、上坂がぐい、と私の肩を引いて抱き寄せた。近づけた瞳が、細く微笑む。


「俺のこと教えてやるからさ、美希のことも教えてよ。隅から隅まで、全部」

「ふ……」

「ふ?」

「ふざけないで!」

 私は、思い切り上坂を突き飛ばした。予想していたのか、上坂は姿勢も崩さずにひょいと離れる。

「ふざけてないって。俺は、本気だよ?」

「デートの初日にホテルに誘うような奴の本気なんて、信じられるものですか!」

「えー? そんなに構えなくてもいいじゃない。もう高校三年なんだしさ。お互いを知るには一番手っ取り早い方法だと思うんだけど。あ、もしかして美希って、処女?」

「……っ!」

 思い切りバカと叫ぼうと息を吸い込んだ瞬間、間の抜けた音楽が私たちの間で鳴った。

「あ、ちょっとごめん」

 何事もなかったように、上坂が自分のスマホを取り出す。

「もしもーし」


 ……あのさあ。

 このタイミングで、普通にそれ、出る? そんで、普通に話し始める? あきれて開いた口が本当に塞がらなくなったのは、人生で初めての経験だわ。


「うん。え、あれ今夜だっけ? いいよ、こっち終わったし。……おっけー。じゃ、これから行くわ」

 そう言って通話を終了させると、にっこりと笑った。

「んじゃ、ホテルはまたね。俺、これから遊び行くから。今日はそれなりに楽しかったよ。図書館でデートも、たまには悪くないね」

 たまにならね、ともう一度強調すると上坂は、ひらひらと手を振りながら私に背を向けた。


 残された私は、唖然とするしかなかった。

 それ……ホテル行かなければ私は必要ないってこと? 

 考えている間にも上坂の姿は、あっという間に人ごみにまぎれて見えなくなってしまった。