「あれは、どういう精神構造をした男なんだ?」
仏頂面も極まれりな顔で拓兄が言った。
「多分、拓兄が苦手な部類の人間だよ」
あー、でも。高校の頃の拓兄って、割と上坂に近い人種だったような気がする。拓兄、年々、お父さんに似てきちゃったから。
「奴には細心の注意を払え。うっかり気を許すな。今日だって間に合ったからよかったものの……」
「そうだ。ありがと、拓兄。でも、もうすぐ私たち関係なくなるから。無用な心配よ、それ」
「え、いいの? 美希ちゃん、ホントは彼のこと、好きなんでしょ」
う。
さくりと莉奈さんに言われて、私は迷ったけど素直にうなずいた。
「なにい?!」
きっかけは、些細なことだった。きっと、上坂は覚えてはいない。
あれは、入学してすぐの春。
クラス委員となった私は、配るように先生に言われたプリントを持って廊下を急いでいた。
『きゃ……』
暑いほどの陽気に全開していた窓から、強い春の風が吹きこんで、私の持っていたプリントが大量に宙を舞う。
あわてて拾い集める私の目に、一枚のプリントが窓の方へ飛んでいくのが見えた。
ああ、下まで拾いに行かなきゃ……と、そのプリントを見送っていた時だった。
『よ、と』
私の横を駆け抜けて、一人の男子生徒が窓から外へと飛び出した。……ように、見えた。
その男子生徒は、器用に窓枠に手をかけて、空へと身を乗り出していた。長い腕の先で、プリントは見事にその男子生徒に捕獲され……って、ここ、三階!!
見ているこっちの方が血の気が引いて、私はその場から動けなかった。だから、その男子生徒が、
『はい』
と、そのプリントを差し出しても、お礼を言うこともできなかった。
男子生徒はそんな私を気にするでもなく、廊下の向こうで読んでいる女生徒たちの方へと走っていく。
その場に残された私の目と心には、いまだに窓から空へと羽ばたいていきそうな男子生徒の姿が焼き付いていた。
真っ青な空をバックにしてふわりと広がった少し長めの明るい髪も、しなやかに伸びた細長い身体も、プリントを差し出したときの笑顔も。
後から気がついたんだけど、それは一般的に恋と呼ばれる感情だったらしい。
まだそのころきっちりとネクタイをしめていたその男子生徒は、けれど、あっという間に鷹高一のチャラ男になってしまった。それは全く私の好みじゃなかった。
なのに、廊下ですれ違う度、校舎で見かけるたびに、視線だけは彼を追っていて。彼は、どんどんかっこよくなっていって、比例してその周りには綺麗な女子が増えていって。その中に割り込むほどの自信は自分にはなくて。
だから、おしゃれになんの興味を示さないことで、彼を違う世界の人間だと思い込もうとした。自分には似合うことのない、関係のない男子だと、思い込もうとした。
本当は、ずっとずっと、好きなままだったのに。
そうやって、この想いを胸に秘めたまま、卒業するものだと思っていた。のに。
莉奈さんは、穏やかな目をして言った。
「だから、彼のこと守ったのね」
「でも、あいつ、かっこいいしもてるし……そんな人と私なんて、釣り合わないじゃない。だからあいつにつきあってって言われた時も、一度くらいつきあってみたら高校時代のいい思い出になるかな、って打算があった。どうせ私なんて、つまんない人間だってすぐにわかってフラれるだろうし、私だって」
「どうせとかつまんないとか、自分のことそんな風に言うな」
ふいに、拓兄が口をはさんだ。
「お前は、いい子だよ。ちゃんと、誰かに好きになってもらえるくらいに。お前は、もっと自信を持っていい」
その言葉に、莉奈さんも微笑みながら頷いた。
「私もそう思うわ。彼にとって美希ちゃんは、全然つまんない女の子なんかじゃないのよ」
「でも……怖いよ」
「何が?」
仏頂面も極まれりな顔で拓兄が言った。
「多分、拓兄が苦手な部類の人間だよ」
あー、でも。高校の頃の拓兄って、割と上坂に近い人種だったような気がする。拓兄、年々、お父さんに似てきちゃったから。
「奴には細心の注意を払え。うっかり気を許すな。今日だって間に合ったからよかったものの……」
「そうだ。ありがと、拓兄。でも、もうすぐ私たち関係なくなるから。無用な心配よ、それ」
「え、いいの? 美希ちゃん、ホントは彼のこと、好きなんでしょ」
う。
さくりと莉奈さんに言われて、私は迷ったけど素直にうなずいた。
「なにい?!」
きっかけは、些細なことだった。きっと、上坂は覚えてはいない。
あれは、入学してすぐの春。
クラス委員となった私は、配るように先生に言われたプリントを持って廊下を急いでいた。
『きゃ……』
暑いほどの陽気に全開していた窓から、強い春の風が吹きこんで、私の持っていたプリントが大量に宙を舞う。
あわてて拾い集める私の目に、一枚のプリントが窓の方へ飛んでいくのが見えた。
ああ、下まで拾いに行かなきゃ……と、そのプリントを見送っていた時だった。
『よ、と』
私の横を駆け抜けて、一人の男子生徒が窓から外へと飛び出した。……ように、見えた。
その男子生徒は、器用に窓枠に手をかけて、空へと身を乗り出していた。長い腕の先で、プリントは見事にその男子生徒に捕獲され……って、ここ、三階!!
見ているこっちの方が血の気が引いて、私はその場から動けなかった。だから、その男子生徒が、
『はい』
と、そのプリントを差し出しても、お礼を言うこともできなかった。
男子生徒はそんな私を気にするでもなく、廊下の向こうで読んでいる女生徒たちの方へと走っていく。
その場に残された私の目と心には、いまだに窓から空へと羽ばたいていきそうな男子生徒の姿が焼き付いていた。
真っ青な空をバックにしてふわりと広がった少し長めの明るい髪も、しなやかに伸びた細長い身体も、プリントを差し出したときの笑顔も。
後から気がついたんだけど、それは一般的に恋と呼ばれる感情だったらしい。
まだそのころきっちりとネクタイをしめていたその男子生徒は、けれど、あっという間に鷹高一のチャラ男になってしまった。それは全く私の好みじゃなかった。
なのに、廊下ですれ違う度、校舎で見かけるたびに、視線だけは彼を追っていて。彼は、どんどんかっこよくなっていって、比例してその周りには綺麗な女子が増えていって。その中に割り込むほどの自信は自分にはなくて。
だから、おしゃれになんの興味を示さないことで、彼を違う世界の人間だと思い込もうとした。自分には似合うことのない、関係のない男子だと、思い込もうとした。
本当は、ずっとずっと、好きなままだったのに。
そうやって、この想いを胸に秘めたまま、卒業するものだと思っていた。のに。
莉奈さんは、穏やかな目をして言った。
「だから、彼のこと守ったのね」
「でも、あいつ、かっこいいしもてるし……そんな人と私なんて、釣り合わないじゃない。だからあいつにつきあってって言われた時も、一度くらいつきあってみたら高校時代のいい思い出になるかな、って打算があった。どうせ私なんて、つまんない人間だってすぐにわかってフラれるだろうし、私だって」
「どうせとかつまんないとか、自分のことそんな風に言うな」
ふいに、拓兄が口をはさんだ。
「お前は、いい子だよ。ちゃんと、誰かに好きになってもらえるくらいに。お前は、もっと自信を持っていい」
その言葉に、莉奈さんも微笑みながら頷いた。
「私もそう思うわ。彼にとって美希ちゃんは、全然つまんない女の子なんかじゃないのよ」
「でも……怖いよ」
「何が?」