「月が丸くなるまで。あんたのその言葉、気に入ったからつきあってみたわ。もうすぐ、約束の満月になる。だから、おしまい」

「まだ丸くない」

「でも」

「美希が俺を好きになるまで、あの月は丸くならない」

「何言って」

「お前さ、俺といて、楽しかったろ」

「……」

 反論しようとした声が、喉の奥でかすれて消える。

 ない、って言えばいい。全然好きなんかじゃないって言えば、それで終わる。

 なのに……


「今までの俺はさ……到底、美希の隣に立てるような男じゃない」

 私の手を握っている大きな手に、心なしか力がこもる。

「夢をあきらめて、ふらふらと遊び歩いてただ今日だけを面白おかしく過ごして……同じような仲間とつるんで適当に生きてきた。そんな俺は、一生懸命に前をむいて自分の足で立っているお前には釣り合わない。でも、なりたいものになるって決めた今の俺なら、少しはお前に近づけたか? 確かに始まりは賭けだったけど、お前の相手が他の奴にならなくてよかったって、今は心底思ってる。だから……」

「きゃっ!」

 ぐい、と腕を引かれてもう一度ベンチに座り込む。



 反射的に振り向いて見た上坂の顔は、公園の街灯を背にして陰の中にあった。暗くても、その表情が真剣なのがわかる。つかまれた手に本能的に恐怖を感じた私は、思わず身体をひいた。と、引っ張られるようにして上坂は、そのまま私の上に覆いかぶさってくる。

「あのっ……上坂!?」

「本当に……好きなんだ。美希……」

 ベンチに押し倒されたような格好になってしまった私は、じたばたと起き上がろうとする。けれど、押さえつけている上坂の力が強くて……動けない。


「や……やだっ! 離して!!」

「お前の手なら、こんなに簡単につかめるのにな」

「え……?」

 しみじみとした低い声は穏やかで、狂気に駆られているようには聞こえなかった。少しだけ落ち着いて、私は上坂の顔を見上げる。

 上坂は、困ったように笑んでいた。


「好きになった女は、今までたくさんいた。でも、別れたくないと……離したくないと思ったのは、美希が初めてだ。圭とのツーショット見た時は、あやうくスマホ投げそうになった」

「み、見たの?! あれ?!」

「すげえむかついた。自分の中に、そんな気持ちを感じたのも初めてだった。……細い腕。こんな風に、お前の心も捕まえておくことができればいいのに……なあ、美希。俺、どうしたらいい? どうしたら、俺の気持ち、信じてくれる?」

 違う。上坂の気持ちが、信じられないわけじゃない。

 信じられないのは……

「私は……」

「ぎゃっっ!?」

 いきなり上坂が叫ぶと、その身体が浮いてベンチから転げ落ちた。


「うちの大事な妹になにしてんだよ、てめえ!」

 ぽかんとする私の耳に、聞いたことのある怒鳴り声。

 起き上がってみると、拓兄が息をきらして立っていた。上坂は、おなかを抑えたまま転がって呻いている。どうやら、ベンチの向こう側から蹴飛ばされたらしい。


「美希ちゃん! 大丈夫?」

 その後ろから、莉奈さんが心配そうな顔で走り寄ってきた。

「莉奈さんも……どうして?」

「さっき大地君から、美希ちゃんが帰ってるかって電話があったの。バイトに行くときに美希ちゃんが同じ高校の男子と公園の方へ入って行くのを見たらしくって……美希ちゃんの携帯、つながらなかったし心配してたのよ」