「よ」
「あ」
校舎をでると、校門の柱にもたれて上坂が待っていた。手ぶらだったけど、一応、制服だ。
「じゃ、また明日ね。……がんばって」
冴子が、ぽん、と私の肩を叩いて帰っていった。
できれば私も、このまま帰っちゃいたかったなあ。
私は、上坂に気付かれないようにため息をついて言った。
「連絡、くれた? 私の携帯、電池切れてて」
「あ、やっぱり。電話したら電源が入ってなかったから。よかった、ここで捕まえられて」
上坂は、穏やかに笑った。
「いろいろ、話したいことがあるんだ。時間、いい?」
「……うん」
私たちは、微妙な距離をとって歩き始めた。
☆
「スマホの電源入れたら、メールの未読三桁いってた」
「一週間分だもんね」
「めんどくさいから、全部消去しちゃったよ。ラインも美希のだけ読んだけど、連絡しなくてごめん」
「理由はわかったからいいわ」
……ということは、岡崎さんのアレは見てないってことだよね。うん、別に悪いことしてたわけじゃないんだけど、ないんだけど。
「ケンジさんとこにいる時にさ、スマホないと誰とも連絡とれないんだなって、今さら思ったよ。人の電話番号とか、憶えてないもん。せいぜい覚えてたの、自宅の家電だけだった。俺、美希の携帯番号くらいは暗記しとこ」
笑いながら話す上坂に、私はただ笑みを返しただけだった。
人気のない公園のベンチに座って、私たちは取り留めもない話をする。多分、お互いに話したいことは別のことなんだろうけど、どちらも言い出せないままどうでもいい話を意図的に続けていた。
空は、次第に茜色に染まっていく。私が東の空を見上げたタイミングで、短い沈黙がおとずれた。
空には、丸くなりかけた月が一つ。
「……俺さ」
しばらくして、上坂が言った。
「今日、帰ってからもう一度母さんに話した。今度は本気で、メイクアップアーティストになりたいって」
「お母様?」
「うん。親父はもう仕事行ってたから、とりあえず、母さんに」
「お母様、なんて?」
「ちゃんと、仕事内容とか、就職についてとか、今までのこともきっちりと話した。俺がそこまで真剣に考えているとは思っていなかったみたいで、ずいぶん驚いてたけど、ずっと黙って聞いていてくれて、最後に『本気でやってみたいなら、いいんじゃないの』って」
「認めてもらえたのかな?」
「どうかな。でも、思っていることは全部話せた。親父に話すときの、いい予行練習になったよ」
そう言って上坂は、少し、笑った。
「そういえば美希、こないだ家に来た時、母さんに会ったんだって? 忘れていたことを、美希が思い出させてくれたって言ってたけど、なんのこと? 笑ってごまかすだけで、何の話か教えてくれなかったんだけど」
「……上坂が学校ではどうだとか、そんなこと。あ、あのおにぎり、お母様にも作ってあげたんだね。喜んでたよ」
「あー……あれは、練習分。俺は美希の弁当があったし、捨てるものもったいなかったし」
少し赤い顔をして、上坂が視線をそらす。その顔が妙に可愛くてくすくすと笑っていたら、上坂が、に、と笑った。
「美希のこと、かわいいお嬢さんねって、褒めてた」
「ええっ?!」
今度は上坂が笑い始めた。
無理して笑っているだろう上坂の顔に、薄闇がかかる。夜が始まろうとしているけど、帰ろう、と言い出せなかった。もしかしたら、上坂も同じだったのかもしれない。
だから私は、空を向いて別のセリフを口にする。
「もうすぐ、満月だね」
上坂が言わないから、私が言った。
「あ」
校舎をでると、校門の柱にもたれて上坂が待っていた。手ぶらだったけど、一応、制服だ。
「じゃ、また明日ね。……がんばって」
冴子が、ぽん、と私の肩を叩いて帰っていった。
できれば私も、このまま帰っちゃいたかったなあ。
私は、上坂に気付かれないようにため息をついて言った。
「連絡、くれた? 私の携帯、電池切れてて」
「あ、やっぱり。電話したら電源が入ってなかったから。よかった、ここで捕まえられて」
上坂は、穏やかに笑った。
「いろいろ、話したいことがあるんだ。時間、いい?」
「……うん」
私たちは、微妙な距離をとって歩き始めた。
☆
「スマホの電源入れたら、メールの未読三桁いってた」
「一週間分だもんね」
「めんどくさいから、全部消去しちゃったよ。ラインも美希のだけ読んだけど、連絡しなくてごめん」
「理由はわかったからいいわ」
……ということは、岡崎さんのアレは見てないってことだよね。うん、別に悪いことしてたわけじゃないんだけど、ないんだけど。
「ケンジさんとこにいる時にさ、スマホないと誰とも連絡とれないんだなって、今さら思ったよ。人の電話番号とか、憶えてないもん。せいぜい覚えてたの、自宅の家電だけだった。俺、美希の携帯番号くらいは暗記しとこ」
笑いながら話す上坂に、私はただ笑みを返しただけだった。
人気のない公園のベンチに座って、私たちは取り留めもない話をする。多分、お互いに話したいことは別のことなんだろうけど、どちらも言い出せないままどうでもいい話を意図的に続けていた。
空は、次第に茜色に染まっていく。私が東の空を見上げたタイミングで、短い沈黙がおとずれた。
空には、丸くなりかけた月が一つ。
「……俺さ」
しばらくして、上坂が言った。
「今日、帰ってからもう一度母さんに話した。今度は本気で、メイクアップアーティストになりたいって」
「お母様?」
「うん。親父はもう仕事行ってたから、とりあえず、母さんに」
「お母様、なんて?」
「ちゃんと、仕事内容とか、就職についてとか、今までのこともきっちりと話した。俺がそこまで真剣に考えているとは思っていなかったみたいで、ずいぶん驚いてたけど、ずっと黙って聞いていてくれて、最後に『本気でやってみたいなら、いいんじゃないの』って」
「認めてもらえたのかな?」
「どうかな。でも、思っていることは全部話せた。親父に話すときの、いい予行練習になったよ」
そう言って上坂は、少し、笑った。
「そういえば美希、こないだ家に来た時、母さんに会ったんだって? 忘れていたことを、美希が思い出させてくれたって言ってたけど、なんのこと? 笑ってごまかすだけで、何の話か教えてくれなかったんだけど」
「……上坂が学校ではどうだとか、そんなこと。あ、あのおにぎり、お母様にも作ってあげたんだね。喜んでたよ」
「あー……あれは、練習分。俺は美希の弁当があったし、捨てるものもったいなかったし」
少し赤い顔をして、上坂が視線をそらす。その顔が妙に可愛くてくすくすと笑っていたら、上坂が、に、と笑った。
「美希のこと、かわいいお嬢さんねって、褒めてた」
「ええっ?!」
今度は上坂が笑い始めた。
無理して笑っているだろう上坂の顔に、薄闇がかかる。夜が始まろうとしているけど、帰ろう、と言い出せなかった。もしかしたら、上坂も同じだったのかもしれない。
だから私は、空を向いて別のセリフを口にする。
「もうすぐ、満月だね」
上坂が言わないから、私が言った。