「話を戻すけどさ。……ここでメイクの勉強を始めた時は、面白そう、と思うくらいで、まだヘアメイクなんて漠然とした夢だった。けど、だんだん自分にできることが増えるにつれて、夢ではなくて現実にできるかも、と思い始めたら、それを選べないことが苦しくなってきて……一番なりたいものになれないなら、あとは何でも同じだと思っていた。親父の言う通り、大学に行って議員になって……って、そんな風に生きていくんだと、ずっと思ってた。けど、美希と付き合い始めてから、その考え方が少しずつ変わってきた」
「そうなの?」
「うん。俺も、やりたいことをやりたいって、言っていいんじゃないか、って思うようになったんだ。俺、東京タワーで聞くまで、美希が学年一位をキープしている意味なんて考えたこともなかった。あん時はすごいな、って思ったけど、なりたくてずっと頑張っていること、実は俺にだってあるんじゃん、って気づいて。ここに通っていることがばれないように成績も落とさないようにしてきたし、学校の勉強のあとで美容師の勉強をほとんど徹夜でするようなこともあった。そんなに好きで諦めきれないのに、俺はその将来を選んで生きようとしてなかった。だから、『なりたい自分』をはっきりと語れる美希を見て、目から鱗が落ちた気分だった」
「それで、ご両親に話してみたんだ」
私が言うと、急に上坂は神妙な顔になって私を見た。
「直接的なきっかけになったのは、美希の入院」
「へ? なんで?」
「俺のこと好きでもないのにむりやりつき合わされて怪我して、なのに、自分で選んだことだからって言った美希は、潔くて、めちゃくちゃかっこよかった。それに比べたら俺なんて、どうせやっても無駄だって言い訳しながらただ流されるだけで、なのに諦めることもできなくて……そんな自分が情けなかった。そりゃ、そんな俺が美希に彼氏だって認めてもらえるわけがないよな」
あの時、上坂のことをママには彼氏って、確かに紹介はしなかった。でもそんなことが理由で、彼氏って言えなかったんじゃない。
口にしかけた言葉をあやうく飲みこむ。
それをうまく説明できる自信はなかった。
そんな私の様子には気づかないようで、上坂は続けた。
「だから俺、美希の隣に対等に立てる人間になろうと決めた。そのためにまずは、自分の夢を口に出せないことを、何かのせいにするのはもうやめる。それで、あの日、親父にはっきりと言った。大学は行かない、メイクアップアーティストになりたいって」
「それで、ケンカ?」
「うん。最初はまともに聞いてもくれなかった。それでも話を続けたら、わかってないって親父に怒鳴られて、スマホは壊されるわ殴られるわで大変だった」
「え?! 大丈夫だったの?!」
「思い切り、顔が腫れちゃってさ。そんな顔で学校行くわけにいかなくて休んだんだけど……俺も少し考えたくて、そのまま家を出てきた。母さんは、大学だけは行って趣味でやればいいって言ってたけど、それじゃ、だめなんだ。片手間じゃなくて、俺は本気でやりたい」
「それが、家出の原因だったのね」
「逃げ出したみたいで、カッコ悪いなあ、俺……」
上坂は、また頭を抱え込んだ。
「なんで? ちゃんとお父様にやりたいこと言えたんだもの。全然カッコ悪くない……むしろ、カッコいいと思うよ? 松井さんも、二人には頭を冷やす時間が必要だって言ってた」
「でも、何の問題も解決はしてない」
「そりゃ、いきなり今まで信じてたものを覆すんだもの、ご両親だってびっくりするでしょ? そもそも、メイクアップアーティストって何する仕事なのか、私だってわからないくらいだし。でも、上坂が本気でやりたいなら、ご両親が納得してくれるように、もう一度ちゃんと、話してみなよ」
「そうなの?」
「うん。俺も、やりたいことをやりたいって、言っていいんじゃないか、って思うようになったんだ。俺、東京タワーで聞くまで、美希が学年一位をキープしている意味なんて考えたこともなかった。あん時はすごいな、って思ったけど、なりたくてずっと頑張っていること、実は俺にだってあるんじゃん、って気づいて。ここに通っていることがばれないように成績も落とさないようにしてきたし、学校の勉強のあとで美容師の勉強をほとんど徹夜でするようなこともあった。そんなに好きで諦めきれないのに、俺はその将来を選んで生きようとしてなかった。だから、『なりたい自分』をはっきりと語れる美希を見て、目から鱗が落ちた気分だった」
「それで、ご両親に話してみたんだ」
私が言うと、急に上坂は神妙な顔になって私を見た。
「直接的なきっかけになったのは、美希の入院」
「へ? なんで?」
「俺のこと好きでもないのにむりやりつき合わされて怪我して、なのに、自分で選んだことだからって言った美希は、潔くて、めちゃくちゃかっこよかった。それに比べたら俺なんて、どうせやっても無駄だって言い訳しながらただ流されるだけで、なのに諦めることもできなくて……そんな自分が情けなかった。そりゃ、そんな俺が美希に彼氏だって認めてもらえるわけがないよな」
あの時、上坂のことをママには彼氏って、確かに紹介はしなかった。でもそんなことが理由で、彼氏って言えなかったんじゃない。
口にしかけた言葉をあやうく飲みこむ。
それをうまく説明できる自信はなかった。
そんな私の様子には気づかないようで、上坂は続けた。
「だから俺、美希の隣に対等に立てる人間になろうと決めた。そのためにまずは、自分の夢を口に出せないことを、何かのせいにするのはもうやめる。それで、あの日、親父にはっきりと言った。大学は行かない、メイクアップアーティストになりたいって」
「それで、ケンカ?」
「うん。最初はまともに聞いてもくれなかった。それでも話を続けたら、わかってないって親父に怒鳴られて、スマホは壊されるわ殴られるわで大変だった」
「え?! 大丈夫だったの?!」
「思い切り、顔が腫れちゃってさ。そんな顔で学校行くわけにいかなくて休んだんだけど……俺も少し考えたくて、そのまま家を出てきた。母さんは、大学だけは行って趣味でやればいいって言ってたけど、それじゃ、だめなんだ。片手間じゃなくて、俺は本気でやりたい」
「それが、家出の原因だったのね」
「逃げ出したみたいで、カッコ悪いなあ、俺……」
上坂は、また頭を抱え込んだ。
「なんで? ちゃんとお父様にやりたいこと言えたんだもの。全然カッコ悪くない……むしろ、カッコいいと思うよ? 松井さんも、二人には頭を冷やす時間が必要だって言ってた」
「でも、何の問題も解決はしてない」
「そりゃ、いきなり今まで信じてたものを覆すんだもの、ご両親だってびっくりするでしょ? そもそも、メイクアップアーティストって何する仕事なのか、私だってわからないくらいだし。でも、上坂が本気でやりたいなら、ご両親が納得してくれるように、もう一度ちゃんと、話してみなよ」