「あなた、こないだ蓮と一緒にここへ来たコね」

「はい」

 覚えられていたのか。

「あ! ケンジさんのメイクした……」

 その言葉で、受付のお姉さんも思い出したらしかった。

 一度来ただけなんだけど……客商売の人って、物覚えいいなあ。

「いらっしゃい。蓮を連れ戻しにきたの?」

 にっこりと女性はきれいな笑顔をつくる。

「いえ……」

 そういえば、松井さんは話をしてみろ、って言っただけだ。連れ戻せとは言われてない。


「上坂に、届け物があってきました」

「宿題のプリントかしら。だったら、渡しておくけれど?」

 口元だけでその人は笑う。なんか……子供扱いされて、少し、む、とした。

「これ、上坂に渡しておいてください」

 私は、持っていたバッグからスマホを取り出すと、その女性にずいと突き出す。と、その人は目を丸くした。

「蓮に会いに来たんじゃないの?」

「連絡がとれないから、死んだかと思って一応心配してただけです。とりあえず生きてることがわかればそれでいいです」

 私が言うと、その人はくすくすと笑い始めた。

「そう? あのコ今、半分死にそうな顔でいるけどね」

「え?」

 どういうことだろう。

 中途半端に伸ばしたスマホを持った手を、どうしたらいいかわからず戻そうとした時だった。


「美希!?」

 呼ばれた方を反射的に見上げると、階段の上から上坂が覗き込んでいた。

「ホントに美希? うわ、どうしたの? なんでここにいるの?」

 階段を二段跳びで、上坂が満面の笑みを浮かべながら飛び降りてくる。

 その姿は……見えない尻尾をぶんぶんと振る子犬みたい。私と話していた女性が、蓮うるさい、と注意したけど、気にすることもなく上坂はまっすぐに私に向かってきた。


「生きてたのね」

「あたりまえじゃん。なんか下から美希の声が聞こえてさ、美希不足でついに幻聴まで聞こえてきたのかと思った」

「何言ってんの。一週間も連絡なしで」

「いや、俺スマホが……っていうか、それ……」

 上坂は、私が手にしていたスマホを指さす。

「あ、これ。松井さんから預かってきた。新しいのだって」

「松井さん……」

 上坂が、一瞬顔をしかめた後、私の手を掴んで階段を昇り始めた。

「ちょ……上坂?!」

「千絵さん、一番使わせてもらうよ」

「いいけど……あんたの言ってた彼女って、その子?」

「そう! あと、俺三十分……一時間休憩ね!」

「声は漏らさないようにね」

「しねーよ!」

 優雅に笑うその女性を後にして、私たちは二階へ上がっていった。


  ☆


「家に、来たの?」

 個室に入るなり、上坂が言った。以前私が入ったとことは違うけど、作りは同じだ。

「勝手に、ごめんね」

「松井さんに会ったってことは……何があったか、聞いたんだ」

「うん……」

 気まずそうに言った私に、上坂はあわてて首を振る。

「あ、いや、いずれ美希にはいろいろ話そうと思ってたからいいんだけど……なんつーか、カッコ悪いとこ、見せちゃったなあ、と」

 上坂は頭を抱えてその場に座り込んだ。



「別にカッコ悪いとは思ってないわよ。家出してるんだって?」

「あー……うん。ちょっと思うことがあって……家じゃ何かとうるさいから、ここでいろいろ考えてた」

「なんでお父様と喧嘩なんかしたの?」

「松井さんに聞いたんじゃないの?」

「聞いたけど、私はちゃんと、上坂から聞きたい」

 ちら、と私を見上げて、上坂は大きくため息をついた。