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「こんな時間にどこ行くんだよ」

 玄関へ向かおうと階段を下りていくと、私に気づいた拓兄がキッチンから顔を出した。その後ろには莉奈さんもいる。


「あら、美希ちゃん、デート?」

「ううん、友達に会いにいくだけ」

「の割には、服装に気合が入っている……」

 探るような拓兄の視線を無視して、私はキッチンの前を通り過ぎる。

「美希ちゃん、そのワンピースなら、こっち、履いていきなさいよ」

 いつものローファーをはこうとしたら、莉奈さんが、自分のミュールを指さした。莉奈さんは、背は高いけど足は私と同じサイズだから、以前はよく私のスニーカーなんかを借りていくことがあった。けど、私が莉奈さんの靴を借りたことはない。だって、可愛い靴が多いから、私には似合わない。


「かわいいでしょ。この夏の新作なんですって」

「でもこれ私が履いてっちゃったら、莉奈さんどうやって帰るの?」

「サンダルでもなんでもいいわよ。どうせすぐそこだし」

 莉奈さんは、お向かいで一人暮らしをしている。最近はもう、どっちが莉奈さんの家だかわからないくらい、うちにいるけど。

 私は、じ、と細いストラップのその靴を見つめた。


「……借りていい?」

「もちろん。気をつけて行ってらっしゃい」

「ホントに、男じゃないのか?」

 拓兄が、心配そうな顔で聞いて来る。

「会いに行くのは男だけど、拓兄が心配するような人じゃないから」

 靴下を脱いでミュールを履きながら、私は何気ない調子で言った。あ、これ足に馴染む。あんまりかかとが高くないから、履き慣れてない私でも大丈夫そう。

「だからって、こんな遅くに……」

「拓巳」

 まだぶつぶつ言ってる拓兄を、莉奈さんがキッチンに引っ張り込む。こっそりウィンクをくれた莉奈さんに、私は笑って手を振った。


  ☆


「え……ここ、ですか?」

 松井さんが車を止めたのは、いつか来たことのある美容室の前だった。ここで、メイクとかされたんだっけ。改めて看板を見ると『adamas』と書いてある。なんて読むの? ……アダマス? 英語じゃないわよね。



「一時間ほどしたら、またこちらにお迎えにあがります」

「一緒に行かないんですか?」

 運転席の松井さんを振り返ると、彼はにっこりと笑った。

「はい。私と顔を合わせると、蓮様はたいてい不機嫌になりますので」

「私が行っても同じなんじゃ……」

「蓮様は、女好きですから」

 身もふたもないことを言って、松井さんは私を車から追い出す。仕方なく私は、重いガラスの扉をあけた。


「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」

 私の姿を見つけると、受付の若いお姉さんが笑顔で近づいてきた。今日はケンジさんの姿は見えない。

「いえ、こちらに上坂蓮がいると聞いたのですが……」

 お姉さんは、目を丸くする。

「あなたは?」

「梶原、と申します」

 そのお姉さんは、困ったような顔をして、誰かを探すようにきょろきょろし始めた。



「どうしたの?」

 その様子を見て、奥にいた落ち着いたきれいな女性が声をかけてくる。どうやらその人がお姉さんの探していたらしく、ほ、とした顔でお姉さんは話しかけた。

「あ、三井さん。この方が蓮に、って」

「蓮?」

 その人は、まじまじと私の顔を見つめる。ばっちりと化粧をしてるけど、下品な感じはしない。長くカールした髪を揺らして、その人は目を瞬いた。なんか、できる女性、って感じの大人の人だ。