☆
「こちらへどうぞ」
車をしまってくる、という松井さんの代わりに、若いお手伝いさんが客間らしいところへと案内してくれた。ソファに座ってしばらく待っていると、そのお手伝いさんが紅茶を持ってきてくれる。
カップは二つ。
松井さんの分かな。
一人になった部屋で、のんきにお茶を飲んでいると、ドアが開いた。入ってきた人を見て、私はあわてて立ち上がる。
落ち着いた感じの、綺麗な年配の女性だった。以前、その顔をテレビで見たことがある。
上坂の、お母様だ。
「お、おじゃましております。梶原と申します」
あわてて頭を下げる私に、お母様ははんなりと笑った。
「蓮の母です。どうぞ、お座りになって?」
「はいっ」
な、なんで、お母様が? 緊張する……
お母様は、私の前のソファに座ると、紅茶を手に取った。うえええええ、お母様の分だったの?
「少し、お話をしてもよろしくて?」
「は、はいっ」
「蓮のことだけれど……あの子、学校ではどんな風にすごしているのかしら?」
おっとりと、お母様は笑う。
「ええと……そうですね。いつも笑顔で、みんなの人気者、です」
こういう時って、何て言ったらいいんだろう。
チャラくて女にだらしないです、なんて、絶対に言えないよね。
「そうなの。お友達は多いみたいだけど……」
少しだけ、お母様の表情が曇った。もしかして、いつも遊び歩いているメンバーのことなのかな。
「はい、とても多いと思います。私は、上坂君とはクラスが違うのですが……」
調理実習に乱入してきたときのことを思い出す。
「誰とでも、すぐに仲良くなれるのが、彼の特技じゃないでしょうか。男女関係なく、上坂君の周りにはいろんな人たちが集まってきます」
「いじめられていたりは、しない?」
「いじめ……ですか?」
不安そうなお母様の顔を見返す。
上坂に、いじめ? されることもすることも、上坂とは結び付かない。
「少なくとも私は聞いたことがないですし、上坂君に縁のある言葉とも思えません。過去に、そんなことがあったのですか?」
「中学の時ですけどね。やはり、政治家の息子ということで、心無いことを言う友達もおりましたの」
「もしかして、上坂君が休んでいるのって、それが原因なんですか?」
ものすごく違和感あるけど、話の流れとしたら、そういうこと?
「いえ、それは、また別の……」
言いかけたお母様は少し躊躇するように、私の顔を見た。それから、ほう、と小さくため息をつく。
「この家は、世間からくらべると少し特殊なのかもしれません。家長の言うことは絶対で、あの子も進学からその先の将来まですべて、夫が一人で決めてきましたの。蓮も、夫の言うことをよく聞く素直でおとなしい子でしたのに、高校に入る頃から、あの子はあの子なりに自分の意思を示すようになって……たびたび夫と衝突するようになりました」
「……」
学校のみんなが知っている上坂は、いつでも明るくて奔放で、お母様が言うようなイメージとは結び付かない。
「蓮はね、美容師になりたいのですって」
「美容師……ですか?」
「ええ」
いつか行った美容院での、上坂の真剣な目を思い出す。
あれが、上坂のやりたかった未来なんだ。だからあんなに真剣だったのね。
「正確には、メイクアップアーティストだそうです」
ちょうど部屋に入ってきた松井さんが、お母様の言葉を補足した。お母様は、おっとりと首をかしげる。
「こちらへどうぞ」
車をしまってくる、という松井さんの代わりに、若いお手伝いさんが客間らしいところへと案内してくれた。ソファに座ってしばらく待っていると、そのお手伝いさんが紅茶を持ってきてくれる。
カップは二つ。
松井さんの分かな。
一人になった部屋で、のんきにお茶を飲んでいると、ドアが開いた。入ってきた人を見て、私はあわてて立ち上がる。
落ち着いた感じの、綺麗な年配の女性だった。以前、その顔をテレビで見たことがある。
上坂の、お母様だ。
「お、おじゃましております。梶原と申します」
あわてて頭を下げる私に、お母様ははんなりと笑った。
「蓮の母です。どうぞ、お座りになって?」
「はいっ」
な、なんで、お母様が? 緊張する……
お母様は、私の前のソファに座ると、紅茶を手に取った。うえええええ、お母様の分だったの?
「少し、お話をしてもよろしくて?」
「は、はいっ」
「蓮のことだけれど……あの子、学校ではどんな風にすごしているのかしら?」
おっとりと、お母様は笑う。
「ええと……そうですね。いつも笑顔で、みんなの人気者、です」
こういう時って、何て言ったらいいんだろう。
チャラくて女にだらしないです、なんて、絶対に言えないよね。
「そうなの。お友達は多いみたいだけど……」
少しだけ、お母様の表情が曇った。もしかして、いつも遊び歩いているメンバーのことなのかな。
「はい、とても多いと思います。私は、上坂君とはクラスが違うのですが……」
調理実習に乱入してきたときのことを思い出す。
「誰とでも、すぐに仲良くなれるのが、彼の特技じゃないでしょうか。男女関係なく、上坂君の周りにはいろんな人たちが集まってきます」
「いじめられていたりは、しない?」
「いじめ……ですか?」
不安そうなお母様の顔を見返す。
上坂に、いじめ? されることもすることも、上坂とは結び付かない。
「少なくとも私は聞いたことがないですし、上坂君に縁のある言葉とも思えません。過去に、そんなことがあったのですか?」
「中学の時ですけどね。やはり、政治家の息子ということで、心無いことを言う友達もおりましたの」
「もしかして、上坂君が休んでいるのって、それが原因なんですか?」
ものすごく違和感あるけど、話の流れとしたら、そういうこと?
「いえ、それは、また別の……」
言いかけたお母様は少し躊躇するように、私の顔を見た。それから、ほう、と小さくため息をつく。
「この家は、世間からくらべると少し特殊なのかもしれません。家長の言うことは絶対で、あの子も進学からその先の将来まですべて、夫が一人で決めてきましたの。蓮も、夫の言うことをよく聞く素直でおとなしい子でしたのに、高校に入る頃から、あの子はあの子なりに自分の意思を示すようになって……たびたび夫と衝突するようになりました」
「……」
学校のみんなが知っている上坂は、いつでも明るくて奔放で、お母様が言うようなイメージとは結び付かない。
「蓮はね、美容師になりたいのですって」
「美容師……ですか?」
「ええ」
いつか行った美容院での、上坂の真剣な目を思い出す。
あれが、上坂のやりたかった未来なんだ。だからあんなに真剣だったのね。
「正確には、メイクアップアーティストだそうです」
ちょうど部屋に入ってきた松井さんが、お母様の言葉を補足した。お母様は、おっとりと首をかしげる。