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「こちらへどうぞ」

 車をしまってくる、という松井さんの代わりに、若いお手伝いさんが客間らしいところへと案内してくれた。ソファに座ってしばらく待っていると、そのお手伝いさんが紅茶を持ってきてくれる。

 カップは二つ。

 松井さんの分かな。


 一人になった部屋で、のんきにお茶を飲んでいると、ドアが開いた。入ってきた人を見て、私はあわてて立ち上がる。

 落ち着いた感じの、綺麗な年配の女性だった。以前、その顔をテレビで見たことがある。

 上坂の、お母様だ。


「お、おじゃましております。梶原と申します」

 あわてて頭を下げる私に、お母様ははんなりと笑った。

「蓮の母です。どうぞ、お座りになって?」

「はいっ」

 な、なんで、お母様が? 緊張する……

 お母様は、私の前のソファに座ると、紅茶を手に取った。うえええええ、お母様の分だったの?


「少し、お話をしてもよろしくて?」

「は、はいっ」

「蓮のことだけれど……あの子、学校ではどんな風にすごしているのかしら?」

 おっとりと、お母様は笑う。

「ええと……そうですね。いつも笑顔で、みんなの人気者、です」

 こういう時って、何て言ったらいいんだろう。

 チャラくて女にだらしないです、なんて、絶対に言えないよね。


「そうなの。お友達は多いみたいだけど……」

 少しだけ、お母様の表情が曇った。もしかして、いつも遊び歩いているメンバーのことなのかな。

「はい、とても多いと思います。私は、上坂君とはクラスが違うのですが……」 

 調理実習に乱入してきたときのことを思い出す。


「誰とでも、すぐに仲良くなれるのが、彼の特技じゃないでしょうか。男女関係なく、上坂君の周りにはいろんな人たちが集まってきます」

「いじめられていたりは、しない?」

「いじめ……ですか?」

 不安そうなお母様の顔を見返す。

 上坂に、いじめ? されることもすることも、上坂とは結び付かない。


「少なくとも私は聞いたことがないですし、上坂君に縁のある言葉とも思えません。過去に、そんなことがあったのですか?」

「中学の時ですけどね。やはり、政治家の息子ということで、心無いことを言う友達もおりましたの」

「もしかして、上坂君が休んでいるのって、それが原因なんですか?」

 ものすごく違和感あるけど、話の流れとしたら、そういうこと?

「いえ、それは、また別の……」

 言いかけたお母様は少し躊躇するように、私の顔を見た。それから、ほう、と小さくため息をつく。


「この家は、世間からくらべると少し特殊なのかもしれません。家長の言うことは絶対で、あの子も進学からその先の将来まですべて、夫が一人で決めてきましたの。蓮も、夫の言うことをよく聞く素直でおとなしい子でしたのに、高校に入る頃から、あの子はあの子なりに自分の意思を示すようになって……たびたび夫と衝突するようになりました」

「……」

 学校のみんなが知っている上坂は、いつでも明るくて奔放で、お母様が言うようなイメージとは結び付かない。


「蓮はね、美容師になりたいのですって」

「美容師……ですか?」

「ええ」

 いつか行った美容院での、上坂の真剣な目を思い出す。

 あれが、上坂のやりたかった未来なんだ。だからあんなに真剣だったのね。

「正確には、メイクアップアーティストだそうです」

 ちょうど部屋に入ってきた松井さんが、お母様の言葉を補足した。お母様は、おっとりと首をかしげる。